<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>ホットブリーチャー</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/atom.xml" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2012:/hot/blog//3</id>
   <updated>2012-02-01T17:37:12Z</updated>
   
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.33-ja</generator>

<entry>
   <title>リスタート</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2012/02/post_148.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2012:/hot/blog//3.199</id>
   
   <published>2012-02-01T16:22:30Z</published>
   <updated>2012-02-01T17:37:12Z</updated>
   
   <summary>２０１２年の球春が明けました。みなさんおめでとうございます。 例年なら「やっと長...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[２０１２年の球春が明けました。みなさんおめでとうございます。

例年なら「やっと長いオフが終わった」という心境になるものだけど、２０１１－１２のオフは、なんだかあっという間だった。単純な理由としては、開幕が遅れたためにオフの日数が少なかったということがある。それに加えて、日数が少ない割に「人の出入り」が例年になく激しかったことも、「もうキャンプインなのか」という印象を抱く一因かもしれない。パの優勝チームからローテーション投手３人と１番打者が抜け、セの優勝チームから指揮官と大半のコーチがいなくなった。セの最下位チームの親会社が変わり、そして日本一の投手がアメリカへ旅立った。ＮＰＢの歴史でも、こういうオフシーズンは珍しいのではないか。

さて、２０１２年。要約すればこういうことになる。

<strong>落合とダルビッシュのいないプロ野球</strong>が始まる。

厳密に「何年から」と定義することは難しいけれど、ゼロ年代後半から２０１１年までのプロ野球の「軸」は、監督としての落合であり、選手としてのダルビッシュであったと思う。なぜ「軸」だったかというと、ともに、前例のないスタイルを野球界に導入して、なおかつ結果を出し続けたからだ。つまり、歴史に残る仕事をしたからである。後から球史を振り返ったとき、この時期のプロ野球は「落合が采配をふるい、ダルビッシュが投げていた時代」と総括されるだろう。６０年代後半～７０年代前半が「川上が采配をふるい、ＯＮが打ちまくっていた時代」、９０年代が「野村ＩＤ野球とイチローの時代」であるように。

２つの「軸」がいなくなった２０１２年シーズンは、新しい「軸」を探すための、リスタートのシーズンになる。それは、落合みたいな監督や、ダルビッシュみたいな投手を待望するという意味ではない。全然違うスタイルで一向に構わないし、むしろそのほうが望ましい。今まで見たことのないようなスタイルで結果を出し続ける存在、要するに「画期的な野球人」が新たに出現するための第一歩のシーズンということだ。

ＮＰＢ７６年の歴史は、ある「軸」が消えたら次の「軸」が現れ……という歴史の積み重ねだ。だからこの先も、新しい「軸」はきっと生まれてくると思う。それがプロ野球の底力である。「軸」になるチャンスは、どの監督にも、どの選手にも、どのチームにも平等に用意されている。ここからが、また新しいスタートだ。そう考えれば、これほど楽しみなシーズンもないではないか。野球ファンは、ただ前を向くのみである。

（オースギ）]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>僕の好きな叔父さん</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/10/post_146.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.198</id>
   
   <published>2011-10-28T16:09:11Z</published>
   <updated>2011-10-28T17:42:39Z</updated>
   
   <summary>報道によれば、東海大の菅野智之が初めてプロ野球を観戦したのは、叔父・原辰徳の引退...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      報道によれば、東海大の菅野智之が初めてプロ野球を観戦したのは、叔父・原辰徳の引退試合だという。私も、この試合を東京ドームのスタンドで見ていたのでよく覚えている。試合後のセレモニーで、原が「巨人には侵すことのできない聖域があります」という、あまりにも重々しい挨拶をした日である（蛇足ながら、あの挨拶は、長嶋茂雄の「我が巨人軍は永久に不滅です」という明快かつ軽すぎる引退スピーチとあまりにも対照的だ）。

菅野少年が、叔父さんの発した「セイイキ」という言葉の意味をどこまで理解していたかは分からない。ただ、ああいう雰囲気の試合を体感すれば、巨人というチームに対する執着が身体に貼り付いたとしても不思議ではないだろう。おそらく、彼の傍らには原の親族一同がいて、涙を流していたに違いない。試合後にベンチ裏へ行って、さっき挨拶をしたばかりのユニフォーム姿の叔父さんと握手を交わしたかもしれない。「世界」に目覚めはじめた少年に与えるトラウマとしては、十分すぎる体験だと思う。

それから１６年の月日が流れ、ドラフトの日を迎える。叔父さんが監督を務める巨人に入団できると信じていたであろう菅野青年は、土壇場でその思いを裏切られた。「ドラフトとはそういう制度なのだから仕方ない」という声があり、「人権蹂躙だ」という声がある。その背景にあるのは、「叔父さんのチームへいけない菅野君は可哀想なのか／そうではないのか」という議論である。どちらの立場に立つにせよ、マスコミはそういうトーンで報道している。

しかし、ツイッターやさまざまなブログで多くの野球ファンが提起しているのは“素朴な疑問”である。それは、「巨人に入ったって、原がずっと監督でいる保証はないだろ。来年でクビになる可能性だって大いにあるんじゃないの」というものだ。深く考えなくたって、当たり前のことである。そして、そんなことは野球の世界に身を置いている菅野青年だって百も承知のはずだ。そうでなかったらおかしい。

日本ハムに行きたくない、と考えるのは個人の自由であり、権利である。問題はそこではない。何だか気持ち悪いのは、「叔父さんのチームに行きたいのに行けない」という、はっきり言ってしまえばバカな理由付けが、菅野智之という前途有望な野球選手にレッテルとして貼られてしまっているということだ。

本当に巨人志望なのであれば、はっきりと自分の言葉で言えばいい。「僕は叔父さんを見て巨人が好きになりました。だから、巨人というチームで野球がしたいんです」と。それは「叔父さんが監督だから巨人へ行きたい」とは、似ているようで全然違う。叔父さん＞巨人なのか、巨人＞叔父さんなのか。そこには決定的な違いがあるはずだ。

私は、個人的には「プロ入り時に球団を選り好みする選手」は好きではない。江川卓も桑田真澄も元木大介も、内海哲也も長野久義も好きになれないし、澤村拓一にも似たような感情を抱いている。それは巨人に限った話ではなくて、小池秀郎や新垣渚のあまり幸福には見えない野球人生にも、「選り好み」の因果を感じてしまう。

だから、仮に菅野が日ハム入りを拒否したとしたら、彼は私の「好きになれない選手リスト」に追加されることだろう。しかし、こんな一介の野球ファンの好き嫌いなど、どうだっていい話である。菅野は、とりあえず「自分の言葉で」本当の意思を表明すべきだと思う。

（オースギ）





      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>千葉ロッテファンだから。</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/09/post_147.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.197</id>
   
   <published>2011-09-20T07:51:53Z</published>
   <updated>2011-09-20T08:38:03Z</updated>
   
   <summary>10数年マリーンズを見ているが、間違いなく今が最悪の状態である。このポスターをボ...</summary>
   <author>
      <name>スージー鈴木</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[10数年マリーンズを見ているが、間違いなく今が最悪の状態である。<a href="http://homepage2.nifty.com/suzie/gogo20110412.html" target="jpg">このポスター</a>をボランティア制作してから半年、このような状態でシーズンを終えようとしているなんて、正直予想もしていなかった。

「18連敗」はどうなんだ？と思われる方もいるかも知れないが、あのときに何かに取り憑かれているような謎の負け方だった。幸か不幸か、今の弱さは「構造的」で「必然的」である。

ストレートに言うのもはばかられるが、根元、塀内、高濱、渡辺正人で占められる内野陣と下位打線で勝てるわけがない。打撃のみならず、はっきり言って守備も一軍レベルではない。ここ数日の試合も観ているが、内野の見えないエラーでの失点も多い（西岡と今江の高水準の守備と比べてしまうのは許されたい）。

何度も書くのだが、ワタシはCS賛成派である。理由は過去の記事をさかのぼってほしい。簡単に言えば、今この段階でも、東京湾岸の2チーム以外の10チームがポストシーズンへの可能性を持っているという楽しさ。

ただいくつかの弊害があり、そのひとつは、３位から優勝したチームが、その肥大した時価総額に浮かれて、正しい補強を見誤るという事態。昨年はバブルだったのだ 。本当はもっと地道な補強が急務だったのだ。

「今岡シンドローム」という言葉がある。いや、いまここでワタシが考えたのだが（笑）、次期打撃コーチとは無関係。「今」江と西「岡」の台頭によって、優秀な内野陣の輩出があれぐらい簡単でスムーズなことだとタカをくくっていなかったか、編成陣は。その結果が現在の病的な状態なのではないか。

とにかく一度リセットである。フロントやチーム人事のことはよく分からないので憶測でものは語らない。ただ高橋慶彦には残ってほしかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　●

<u><strong>「千葉ロッテファンだから」</strong></u>

原曲：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=n5LajoIbvFI" target="_blank">南海ファンやもん</a>（歌：アンタッチャブル）
東野博昭、野本弦助作詞／野本弦助作曲／土井　淳編曲

だって俺たち　だって俺たち　千葉ロッテファンだから

去年の話が　酒のあてになる頃
そん時だけに　目の輝きが戻る
あん時ゃよかったね　あん時ゃ強かったねと
言いたいばかりに　今日も幕張本郷の飲み屋へ

沈みかける夕陽に向かって　俺ひとり
ニシオカも　サブローも　テギュンもいない
だって俺たち　だって俺たち　千葉ロッテファンだから

酒とグチと　千葉ロッテマリーンズ
一人で語る　05年のことを
散歩がてらに　浦和をたずねれば
オーこれがマリーンズ　なんとも言えぬイー感じ

いつかきっとよくなるさ　そのうちみてろとつぶやいて
夢をかたるほどに　わびしい気持ちになってくる
だって俺たち　だって俺たち　千葉ロッテファンだから

酒を飲めば底なしで　どうせダメだとくだまいて
やっぱり足を運ぶ　モノクロのユニフォーム好きだから
だって俺たち　だって俺たち　千葉ロッテファンだから

<a href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/ba_a1316226410.html" onclick="window.open('http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/ba_a1316226410.html','popup','width=270,height=216,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/ba_a1316226410-thumb.jpg" width="270" height="216" alt="" /></a>

（スージー鈴木）]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>１０年前のアトランタ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/09/post_145.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.196</id>
   
   <published>2011-09-10T15:09:22Z</published>
   <updated>2011-09-10T16:50:32Z</updated>
   
   <summary>2001年9月9日。私はシアトルにいた。メジャー1年目のイチローを見た。確か、そ...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      2001年9月9日。私はシアトルにいた。メジャー1年目のイチローを見た。確か、その試合でホームランを打った。そこまでは「仕事」だった。
2001年9月10日。そこでおとなしく帰国すればよさそうなものだが、私はその日から「夏休み」をとって、米国東部へ向かったのだった。ユナイテッド便、デンバー経由でアトランタへ。なぜアトランタ？　理由は簡単だ。私は1991年以来、アトランタ・ブレーブスのファンだからである。せっかく北米大陸へ来たのだから、ついでにブレーブスの試合を見ておきたい。なぜかフライトが遅れ、デンバー空港で3時間くらい待たされて、アトランタには夜の深い時間に着いた。とはいえ、特に不安はなかった。既にアトランタには3回くらい訪れていたからだ（もちろんブレーブス目当て）。勝手知ったるホテルにチェックインして、あっという間に眠った。

2001年9月11日。アメリカ滞在時の朝は早い。単に時差ボケだから。確か7時半頃に起き、シャワーを浴びて、特にすることもないので、いつものようにダウンタウンのＣＮＮセンターまで散歩して、そこのフードコートで朝飯を食うつもりだった。今振り返ってみれば、米国南部のキツい日差しを浴びながらのんびり散歩している途中に「あれ」は起こっていたのだ。ＣＮＮセンターに着き、中へ入ろうとすると入口に鍵がかかっている。デカい図体の警備員がやってきて「ＮＯ！」と叫ぶ。おかしいな、いつもこの時間なら空いてるはずなのに。今日は休業なのか。釈然としないが、仕方ないのでホテルに戻ることにする。近くのモニターを３～4人くらいが見上げている光景が目の端に入ったが気に留めず、再びのんびり散歩してホテルに戻った。部屋に入ると、電話の赤いランプが点滅している。日本からかけてきた、複数のメッセージだった。それを聞き、慌ててテレビを点けた。どのチャンネルも──ＥＳＰＮでさえも、ツインタワーの映像だった。茫然自失。

恥ずかしい話だけれど、当時の私は日本と通話できる携帯も持っておらず、ＰＣも持参していなかった。当然ながら、スマホもなければツイッターもなかった。まずしたことは、テレホンカードを買うことだ。部屋の電話でも通話はできるけれど、とんでもない料金を取られる。情報収集、帰国便の確保、そして何よりも、心細さの解消。私はホテルのロビー片隅にある公衆電話に、カード片手に「籠城」した。生涯で、あれほど電話をかけまくった時期はないかもしれない。今でも「ラプソディ・イン・ブルー」の旋律が流れてくると嫌な気分になる。フライトの状況を尋ねるためにかけ続けていた、ユナイテッドの着メロだったからだ。何度かけても延々とそのメロディが流れるだけで、一向にオペレーターが出てくれない。そのときの絶望的な気持ちを思い出すからだ。

３・11の後、日本にいる外国人が続々と出国するという報が流れた。私には、その気持ちがよく分かる。それは、９・11の体験があるからだ。そんなもの、一刻も早く母国に帰りたくなるに決まっている。まして９・11直後は、米国の空港はすべて「封鎖」されたのだ。空港封鎖。その一事が、異国人にどれほどの恐怖感を与えるものか考えてもらいたい。

野球を見に来たはずだったのに、その日から野球は行われなくなった。それでも、とりあえずブレーブスの本拠地ターナー・フィールドへ行ってみる。どうやら、スタジアム観戦ツアーはやっているらしいので申し込んだ。客は、私1人だ。案内役は黒人の気のいいオバチャンで、こちらの拙い英語レベルに合わせてくれて、「こんなときに客が来るなんて思わなかったわよ」的なことを言っている。たっぷりと、球場の隅々まで見た。無人のロッカールームを徘徊した。無人の放送席も記者席も見た。ベンチ裏には、ゴルフのパターコースがあった。「マダックスとグラビンが社長に掛け合って作らせたのよ。ストレス解消のためにね」とオバチャンが説明してくれた。笑った。自分のストレスも和らいだような気がした。

数日後、空港封鎖は解除され、どうにか確保した帰国便チケットで成田に辿り着いた。すぐに新聞を買った。日本では「米国同時多発テロ」と称されていることを初めて知った。そして、スワローズが順調にＶへ向けて前進していることと、崇拝していた映画監督の死去を知ったのだった。

（オースギ）


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ドーム球場は、ゲンパツに似ている</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/05/post_144.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.195</id>
   
   <published>2011-05-16T16:48:27Z</published>
   <updated>2011-05-16T17:48:32Z</updated>
   
   <summary>・そもそも誰がその必要性を求めたかよくわからないのに、いつの間にか日本各地に林立...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[・そもそも誰がその必要性を求めたかよくわからないのに、いつの間にか日本各地に林立している。

・導入の旗振り役となったのは、讀賣（巨人）である。

・アメリカに影響されて導入された施設である。しかし、そのアメリカでは新規建設が行われなくなって久しい。

・身体への悪影響（固い人工芝）が当初から懸念されてきた。

・経済効率（雨天中止がない）優先である。

・地元に大きな経済効果をもたらす（イベントやコンサートを誘致すれば野球以外でも稼げる！）と喧伝された。

・しかし実際のところ、出来てしまうと維持費等の高コストに悩まされる。

・かといって、「やっぱり取り壊して野外球場に戻しましょう」と簡単には言い出せない。そのためには更なるコストがかかる。

・天井に打球が当たるなど、「設計時には想定していなかったこと」がたびたび起こる。

・ホームランを量産する空調（？）など、疑惑を呼ぶ事象があるにもかかわらず、内部情報は開示されない。

・おそらく今後、国内で新規建設されることはないと思われる。というか、<strong>必要ない。</strong>

（オースギ）





]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>【再録】「野球は、正しい方向へ向かって進んでいる」</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/03/post_143.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.194</id>
   
   <published>2011-03-22T16:15:58Z</published>
   <updated>2011-03-22T16:58:46Z</updated>
   
   <summary>　以下は、２００８年３月に、謎の野球ライター（笑）大杉カツオが、なぜか天下の『週...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[　以下は、２００８年３月に、謎の野球ライター（笑）大杉カツオが、なぜか天下の『週刊ベースボール』に寄稿したコラムの再録です。本サイト「野球浴」の盟友であり、週ベ常連執筆者である野球文化評論家・スージー鈴木師匠の導きによって、伝統ある誌面の末席を汚す始末となったわけであります。
　では、なぜ今、この拙い一文を再録するのか。言うまでもなく、現在、讀賣を中心とするセ・リーグがとっている醜悪な態度に深く、深く絶望しているからである。
　お読みいただければわかるように、ワタシのプロ野球観は、大方（世間）のイメージとは違って「昔と比べたら本当によくなった」というものだ。文中には言及していないが、その分岐点は、２００４年の球界再編騒動にあったと思う。あの荒波を潜り抜けたことで、パ・リーグが見違えるように再生した。それによって、古き悪しき（とあえて言う）「昭和のプロ野球」が後景に退き、よりよき「平成のプロ野球」が誕生しつつある。少なくとも、この時点ではそう確信していたのだった。
　どこの球団のファンであれ、現在進行形でまともに野球を見ている人なら、いまのＮＰＢが「讀賣あってのプロ野球」などと思ってはいないはずだ。それが進歩というものである。しかし、東日本が大きく揺れ、その後に地中から出てきたものは何だったか。それは、忘れかけていた「昭和のプロ野球」の古き悪しき残骸にほかならなかった。讀賣がエゴを主張し、それにぶら下がるセ５球団が追随する。彼らはパ・リーグを蔑視し、野球ファンを蔑視し、世間を蔑視する。長嶋茂雄も王貞治ももういないのに。
　現状を見るにつけ、以下の一文でワタシが記したのは、束の間の、浅はかな、希望的見解に過ぎなかったということになる。しかし、本当にそれでいいのか。よくはないはずだ。「昭和の残骸」が何を主張しようとも、プロ野球は、そしてプロ野球ファンは、健全に進歩し、成熟しているはずだと思う。だとしたら、いま起こりつつある<暴挙>を許してはならない。仮にその<暴挙>が強行されるなら、何らかの態度表明をしなくてはならないだろう。
　以上、大瀧詠一師匠が自作リマスター版に寄せるライナーノーツばりの<長すぎる前置き>となってしまいましたが、お時間ある方は、一読くださいませ。（オースギ）


　<strong>プロ野球が好きだと自覚したのは、中日とロッテが日本シリーズを戦った年だから、１９７４年。今季で、ファン歴34年目ということになる。
　そんな世代だから、当然、「昭和のプロ野球」にはノスタルジーがある。デーゲームの日本シリーズ。神宮の外野芝生席。後楽園の「お帰りは地下鉄で」の看板。ベルトレスのユニフォーム。荒川博のべらんめぇ解説。日曜朝の『ミユキ野球教室』。選手の自宅住所がバッチリ書いてある名鑑。バックが静止画の『プロ野球ニュース』。ドラフト会議におけるパンチョ伊東の美声（例→クラウンライター、エガワスグル）。オフの余興番組でストライプの背広を着て演歌を熱唱するパンチパーマの選手たち……。

　で、ここからが本論。ノスタルジーとは、あくまでノスタルジーである。それ以上でも、それ以下でもない。あの頃は、今よりよかったのかどうか。それは、まったく別の話なのである。

　では、今の野球の状況は、どうなっているのか。アトランダムに挙げてみたい。
「巨人戦だけでなく、ほぼすべての公式戦を生中継で観られる」
「パ・リーグの球場が、普段の公式戦で満員になる」
「本拠地が首都圏と関西だけでなく、全国に分散する」
「セのチームとパのチームが、公式戦で対戦する」
「メジャーリーグで日本人選手が活躍する」
「プロ選手による野球版ワールドカップが開催されて、日本が優勝する」

　タイムスリップして、昭和の野球少年だった30年前の自分にこれらの事実を伝えたとしたら「ウソだろ！」と一蹴されるに違いない。どれもこれも、信じられない話ばかりだからだ。と同時に、当時の野球少年が「もしこんなふうになったらいいな」と心のどこかで思っていたことばかりでもある。
　つまり、今の野球界は、昭和の野球少年の「夢」が実現した世界なのである。「昔はよかった」というのは大間違いなのだ。

　もちろん、今の野球界にも様々な問題はある。あるけれども、少なくとも、我々世代が懐かしむ「昭和のプロ野球」よりは、確実によくなっている。何をもって「よくなっている」のかと問われたら、こう答えよう。「本当の野球好きにとって、よくなっている」のだと。

　本当の野球好きではない人々、すなわち、日常の中で野球の優先順位がそれほど高くない人々にとって、最近のプロ野球は沈滞しているように映るのかもしれない。スター選手は続々とアメリカへ行ってしまうし、巨人戦の地上波テレビ中継はどんどん減っているからだ。
　しかし、本当の野球好きにとって、そんなことは瑣末な問題にすぎない。日本人選手がメジャーで活躍するのは素直に誇らしいことだし、彼らのプレイを観戦する手段はいくらでもある。渡米した選手の穴埋めで若手が積極的に起用され、新陳代謝が促進されるという側面もある。そして、本当の野球好きは、地上波の野球中継なんてとっくに見限っている。

　だから、私が提言したいのは次のようなことである。野球を報じるメディア、および、現場の人々（選手含む）は「プロ野球が盛り下がっているから、なんとかしなくてはいけない」というような、ネガティブな物言いを一切やめてもらいたいのだ。
　野球は、正しい方向へ向かって進んでいる。そのことを「世間」に啓蒙するのが、野球人のやるべき行いだと思うのです。　（文中敬称略）
</strong>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>３・25にＮＰＢがやらなくてはいけないこと</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/03/25_1.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.193</id>
   
   <published>2011-03-13T07:20:29Z</published>
   <updated>2011-03-13T08:15:12Z</updated>
   
   <summary>今日（３月13日）の日刊スポーツによれば、ＮＰＢ事務局は、２５日の開幕戦開催につ...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[今日（３月13日）の日刊スポーツによれば、ＮＰＢ事務局は、２５日の開幕戦開催について「そこまで検討する段階ではない」と答えたという。いまだ情報収集に手一杯ということか。

おそらくＫスタの早期使用は困難だろう。開幕カードの「楽天×ロッテ」はビジターの千葉で代替開催、という対処は可能だけれど、ＱＶＣマリンフィールドも周辺が液状化しており、かなり厳しい状況のようだ。

それに加えて、電力供給問題という深刻な状況がある。国民的に大掛かりな「節電」に取り組まなくてはならないことは明らかで、そんな時に、ドーム球場および屋外球場でのナイトゲーム開催が許されるのか。

社会あってのプロ野球だから、自分たちの都合だけで物事を決められるはずもない。通常通りに公式戦をスタートしたい、という思いは野球界および野球ファンの総意だろうけれど、それが適わないという可能性も覚悟しておかなくてはならないだろう。

しかし見方を変えれば、ＮＰＢは何のために存在しているのかといえば、それは社会のために存在しているのであって、そういう見地からして、ＮＰＢがやるべきことはただひとつだと私は思う。それは、

<strong>（本来の開幕日である）３月25日からプロ野球を開催すること</strong>

である。たとえどんな形であってもだ。

通常の公式戦が開催できないのであれば、12球団による変則的な短期リーグ戦を「使用可能な屋外球場（神宮、横浜、甲子園、ほっともっと神戸、ズムスタなど）」で「デーゲーム」で行えばよい。もちろん、それは【復興支援試合】となるだろう。公式戦と同じ入場料を取ってよい。言うまでもなく、ベストメンバーによる真剣勝負だ。

それがどのくらいの期間に及ぶのかわからない。公式戦のように、毎日試合を行えるわけでもないだろう。それでも、とにかくどんな形でもいいから「試合＝興行」を行わなくてはならない。なぜなら、プロ野球の社会的使命とは「プロ野球の試合を行うこと」にほかならないからだ。

そして、先の話にはなるけれど、７月に予定されているオールスター３試合は、会場を変更してもらいたい。Ｋスタ、岩手県営球場（盛岡）、福島県営あづま球場orいわきグリーンスタジアム、である。球場の復旧に時間がかかる場合は、時期を後ろへずらせばいい。

日本という国が幾多の困難を乗り越えて今日があるように、日本のプロ野球も様々な困難を乗り越えてきた。阪神大震災の２ヶ月半後に、神戸で開幕戦を開催した（私も現場にいました）。そして、第二次大戦中は他の競技が次々と活動を停止するなか昭和19年までリーグ戦を継続し、さらには、日本中が焦土と化した敗戦直後に「東西対抗」を開催した、日本プロ野球の歴史を今こそ思い起こさなくてはならない。

<strong>昭和二十年八月下旬のこと、空襲のため社屋を焼かれて東京築地の西本願寺に仮社屋を設けていた読売新聞社に、社長正力松太郎を訪ねた鈴木惣太郎は、開口一番、「プロ野球を再興したらどうでしょう」と切り出した。（大和球士『真説　日本野球史』昭和篇その五）</strong>

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>Baseball Song of the Decade</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/02/baseball_song_of_the_decade_1.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.192</id>
   
   <published>2011-02-11T06:31:24Z</published>
   <updated>2011-02-11T06:58:53Z</updated>
   
   <summary>スージー鈴木です。さて、今年の「週刊ベースボール」誌新年号で、「2001～201...</summary>
   <author>
      <name>スージー鈴木</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[スージー鈴木です。さて、今年の「週刊ベースボール」誌新年号で、「2001～2010年の10年間に発表された野球音楽の中での最高傑作」に選んだのがこの馬場俊英《ボーイズ・オン・ザ・ラン》です。ぜひ聴いてみてください。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　●

<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/ZjSNHxyetK8?fs=1&amp;hl=ja_JP"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/ZjSNHxyetK8?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object>

<u><strong>ボーイズ・オン・ザ・ラン　馬場俊英</strong></u>

作詞・曲：馬場俊英

<em>いったい何があんなに夢中にさせるんだろう　スクールデイズ
真夏のグラウンドは40度を超えすべて奪い取る
なんのドラマも起きない平凡なゲームは最終回のウラ
ヒロシはネクストバッターズ・サークルで　ひとり空に
まるでファウルボールのような夢を打ち上げていた
そして目が醒めるように　糸が切れるように
アブラゼミが鳴き止むように　静かにゲームセット

電話じゃダメだって呼び出されたのは　一方　亮一
両手には滲むような　はにかむような　染み込むようなテンダネス
バイパスを染め抜いたのは夕焼けとヘッドライト
そしてストリート・ライト
思わず横顔を抱き寄せて引き寄せて　キスをして
そっと見つめたけど彼女　「何もわかってない」って泣き出したっけ
でも気にすることないぜ　それも愛情表現
そうさ　女の言うことの半分以上はいつだって
いつだってMeaningless　わかりっこないぜ

Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys

「これが最後のチャンス」と電話口でささやいて
祐次は今年32歳　山梨に妻を残し　東京
ワンルームのマンションから夜の甲州街道を見下ろして
煙草に火を点けては消し　消してはまた火を点け直し
「明日のことは誰にだって分かりっこない」ってせめてつぶやいて
見上げるのは東京の夜空　そして今は遠い遠い遠い　山梨の街

Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys

チャンスらしいチャンスもなく　情熱と友情の袋小路
そして青春の磋跌　物語は今静かにクライマックス
ジローはギターケースからレスポールを取り出して
歌うのは小さな小さな小さな裏切りのメロディー
そうさ「みんなで頑張ろう」って　昨夜も乾杯したけれど
でも迷うことはないぜ　もう答えは胸の中
信じるのさ　信じるのさ10本の指と6本のストリングス

Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys

ところで　今　オレは通りがかりのバッティング・センターに入り
時速140キロのゲージで順番を待っている
あのクソ暑い真夏の空　焼けついたグラウンド
陽炎のようなハッピネス　遠く耳鳴りのような歓声が　今も‥‥
一体誰があの日オレに一発逆転を想像しただろう?
でもオレは次の球をいつだって本気で狙ってる
いつかダイアモンドをグルグル回りホームイン
そして大観衆にピース!ピース!ピース!ピース!ピース!
そしてさらにポーズ!

Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys

Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys

I Like You!</em>

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　●

おおげさではなく生きる力が湧いてくる曲。私自身も通勤時、オフィスにいちばん近い地下鉄の出口を出た瞬間にこの曲を聴くことが多いのです。

そして大観衆にピース！

（スージー鈴木）]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大杉勝男的なるもの</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2011/01/post_142.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2011:/hot/blog//3.191</id>
   
   <published>2011-01-24T17:43:51Z</published>
   <updated>2011-01-27T16:57:01Z</updated>
   
   <summary>大杉カツオ（twitterでは @katsuo_ohsugi）などという、 「中...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[大杉カツオ（twitterでは @katsuo_ohsugi）などという、
「中森明夫」に匹敵するような不遜きわまるＰＮを名乗っている理由は、
ただ単純に「大杉勝男という野球選手をリスペクトしているから」。
というわけで、たまには初心に戻って、
「大杉勝男的なるもの」についてツラツラ書いてみようかと思う次第。

「大杉勝男的なるもの」などと書くと大層な響きですが、
実のところ、大して複雑な条件があるわけでもありません。
大別すれば、以下の３点に要約できます。

<strong>①右打ちのスラッガー。
②叩き上げタイプ。
③「コワモテ」と「愛嬌」の共存。</strong>

①②はともかく、③について少し説明しておきましょう。
一般に、大杉勝男のイメージは「コワモテ」要素が強いと思いますが、
重要なポイントは、それと表裏一体の「愛嬌」です。
具体的にいえば、78年日本シリーズ第７戦、例の“疑惑のポール際本塁打”の次の打席で、
「今度は文句ないだろ」とばかりに左中間スタンドに放り込んだ際、
一塁ベースを回ったところで両腕を回しながらピョン！とジャンプしたあの姿。
（同様に、本塁打を打ってピョン！と飛び上がる姿を、ワタシは新潟市営鳥屋野球場で目撃しています）
あるいは、全盛期の江川と対戦した際のワンシーン。
外角ぎりぎりのカーブがボールと判定され、江川が珍しく血相を変えて主審に抗議。
で、意地になった江川は、まったく同じコースに同じカーブを連投。
それを「待ってました」とばかりにライト線へ打ち返し、一塁ベース上で破顔一笑したあの姿……。

たとえば、落合博満という人も①②にバリバリ該当するわけですが、
大杉との差異は何かといえば、③ということですね。
落合は本塁打を打ってピョン！と飛んだりしないし、一塁ベース上で破顔一笑したりしません。
どっちがエラいとか凄いとかいうことではなく、まあ人それぞれの好みなのですが、
ワタシの場合は、<strong>野球的興奮が高まったときにピョン！と飛んだり破顔一笑したりする選手が好きだ</strong>という話です。
付言しておけば、のべつまくなしに感情表現してるような「お調子者」とは違いますよ。
「コワモテ」と「愛嬌」の共存、ここがポイントです。

というわけで、上記の「大杉基準」を現役選手に当てはめてみると、どうなるか。

いま最も「大杉勝男的」なのは<strong>山崎武司</strong>（Ｅ）ということになるでしょう。
楽天移籍後の山崎は、大杉的な「愛嬌」が加わったことで上記の③に該当するようになり、
野球選手としての余裕と円熟を獲得したように見えます。
若松の弟子である岩村が３番に入る今季の楽天打線は、
「３番・若松、４番・大杉」の再現かもしれません。そんなこと考えてるのはワタシくらいでしょうが。

以下、「大杉の域まで今一歩」の選手たちを挙げておきましょう。ハードルは意外と高いですよ。

<strong>村田修一</strong>（YB）は、③がダメ。致命的に「愛嬌」が足りない！
<strong>栗原健太</strong>（Ｃ）も同様。ただ、村田より「大杉的資質」はありそう。
<strong>中村剛也</strong>（Ｌ）は、逆に「コワモテ」方面の味がまだ足りない。
<strong>和田一浩</strong>（Ｄ）は、「愛嬌」というより「コミカル」の域なので別個性。
<strong>小久保裕紀</strong>（Ｈ）は、入団時からエリートなので②にそぐわない。「愛嬌」も微妙。
<strong>小谷野栄一</strong>（Ｆ）は、①と言い切れないのが惜しい。長打力＝迫力があれば。
<strong>畠山和洋</strong>（Ｓ）は、すべてにまだ発展途上。
<strong>金泰均</strong>（Ｍ）は、あと５年くらい日本でプレイすれば……

そして、「近い将来の大杉勝男」一番手と思っているのは<strong>中田翔</strong>（Ｆ）。
彼は清原との比較で語られることが多いですが、ワタシはむしろ、大杉的選手と考えたい。
清原のような「エリートゆえの呪縛」のもとで窮屈な野球をやるのではなく、
大杉的な伸びやかな環境で、「コワモテ」と「愛嬌」の出し入れを自在に繰り出せるような、
味のあるスラッガーに成長してほしいと思っているのです。
東映→日ハムの系譜でいえば、直の後輩でもあるし。

最後に、スラッガー好きはわかるとしても「なんで右打ち限定？」という疑問について。
ワタシも、よく分析できていません。なぜなんだろう。
王貞治は別格として、掛布雅之も松井秀喜も偉大なスラッガーだと思うし、
現役ならＴ－岡田（Bs）や筒香嘉智（YB）にも期待するところ大なのですが。
一塁ベースに近いほうに立つ左打者には、
よくいえばモダン、悪くいえば合理主義的な匂いがあるからかもしれません。
「右打ちのスラッガー」には、どこか牧歌的な、ノンキな味わいがあります。
ベースに遠いうえに、足は遅い。それがどうした、打ちゃいいんだろ、というような。

（大杉カツオ）















]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>表彰選手は記名投票で</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2010/11/post_141.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2010:/hot/blog//3.190</id>
   
   <published>2010-11-18T16:07:06Z</published>
   <updated>2010-11-18T17:08:06Z</updated>
   
   <summary>ＭＶＰ、新人王、ベストナイン、ゴールデングラブ。 これら表彰選手が発表される際、...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[ＭＶＰ、新人王、ベストナイン、ゴールデングラブ。
これら表彰選手が発表される際、ひそかに楽しみにしているのは、
投票結果よりもむしろその詳細である。
ちなみに今年のベストナイン投票結果詳細は<a href="http://www.npb.or.jp/award/2010voting_bt9.html" target="_blank">こちら</a>で、
ゴールデングラブ賞投票結果詳細は<a href="http://www.npb.or.jp/award/2010voting_glove.html" target="_blank">こちら</a>です。

楽しみにしている理由は、毎回、
必ず「ユニーク」な投票をされる記者さんが散見されるからである。
今年もいたよ。ベストナインから見ていこう。
今年のユニーク大賞は、<strong>パの一塁、小谷野（Ｆ）に１票。</strong>
そりゃ、稀に守ったことはあるだろうけどさ。球界一の名サードに失礼。
他にもいくつか挙げてみよう。
<strong>パの捕手、上本（Ｌ）に１票。パの外野、荻野（Ｍ）に１票。
セの一塁、ホワイトセル（Ｓ）に１票。セの外野、赤松（Ｃ）に１票。</strong>
規定打席以下でベストナインになったことって、過去にあるのかな？

ゴールデングラブには、もっとわかりやすい「ユニーク」がある。
<strong>セの外野、ラミレス（Ｇ）に１票、スレッジ（Ｆ）に１票。
</strong>「ゴールデン」という形容詞の概念が違うのかもしれないね。
まさか金本にも票が……と怖くなったが、さすがにそれはなかった。

毎年、こういう「ユニーク」を見るたびに思うのは、
「けしからん！」という憤りではなくて、
単純に「投票理由を聞いてみたい」ということである。
我々は自由な言論が許される社会に生きている。
誰がどんな意思表明をし、どんな見識を世に問おうと自由だ。
したがって「ラミレスは名外野手だ！」と主張する野球記者がいたって構わない。
むしろ、我々の常識に揺さぶりをかけるそのような見識こそ、
詳しく知りたいと思うのが人情ではないだろうか。

この種の表彰選手は記名投票にして「誰が誰に投票したか」を公表したらいいと思う。
発表後にネットで公開してもいいし、
翌日の紙面で「我が社の記者はこう投票した」と各紙が掲載すればいい。
いったい、そこにどんな不都合があるのだろう。
毎日球場へ通い、選手やスタッフと直接会話し、特等席で試合を見ている野球記者たちが、
日々の仕事で培った野球観を世に問う絶好の機会ではないだろうか。
読者にとっても、トータルの投票結果とは別に、
「自分の野球観と近い記者」を発見する楽しみができる。
これからのメディアは、そういう個別性が大切だと思うのですがね。

仮に「誰に投票したかがバレたら取材活動に支障が出る」のであれば、
そんな取材者との関係は一刻も早く解消したほうがいい。
考えてもみよ。競馬記者は毎週、出走馬に印をつけているのである。
彼らにも「担当厩舎」があるし、関係者との付き合いもあるだろう。
それはそれとして、競馬記者は自分の意思で印をつけることによって、
自らの競馬観を毎週、世に問うているわけだ。それで支障があるだろうか。

ちなみにワタシは昨日、ツイッター上の前予想で
「ＭＶＰは攝津と浅尾」とつぶやき、見事、撃沈しました。
セットアッパーＷ受賞という初の現象こそ、現在のプロ野球のリアル。
そんな野球観に基づいた「中穴狙い」だったのですが……。

（オースギ）

















]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ワタシがマリーンズを好きになった理由（日本一に寄せて）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2010/11/post_140.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2010:/hot/blog//3.189</id>
   
   <published>2010-11-16T04:46:41Z</published>
   <updated>2010-11-16T05:17:39Z</updated>
   
   <summary>それは1995年のこと。いっしょうけんめい追いかけてきた音楽というカルチャーがど...</summary>
   <author>
      <name>スージー鈴木</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[それは1995年のこと。いっしょうけんめい追いかけてきた音楽というカルチャーがどうにもこうにもツマらなく思えてきたときに、イチローがさっそうと登場。少年時代にすこしだけハマった野球というものに再度目覚めた。

90年代の球界には、80年代までの球界風情、パンチパーマとセカンドバッグな、昭和の香りがまだ残っており、それとの対比でイチローがキラキラと輝く新しいムーブメントに見えた。

ただ、選手ではなくチーム全体で見れば、やはりどこもかしこも昭和な香りがして、思い入れようにもそのことが強烈なネックとなった。その中では、千葉ロッテマリーンズがそういう昭和臭からもっとも遠いところにいると感じた（イチロー属するオリックスブルーウェーブも昭和臭弱めだったが神戸ということで地理的に遠かったことが敗因）。

千葉ロッテマリーンズのファンになろう。

バレンタインがいて、伊良部、ヒルマン、小宮山の三本柱。初芝、堀、フリオ・フランコ。ピンストライプのホーム用ユニと、グレーのビジター用ユニ。それらすべてが、ずいぶんソフィスティケートされているように見えた。

ここでかるく「ソフィスティケート」というコトバを使ってみた。もうすこしコトバを継ぎ足すと、歴史のしがらみなく、過去から自由で、その分ちょっと軽薄短小で、カラっと明るく、そしてなによりも若々しい。そんなイメージ。

だからオリオンズ・川崎的なるものとは無関係に見ていたのだ。よく「川崎時代からのファンですか？」と質問されるが、そのときには毅然と「いえ、幕張以後なんです」と答えることにしている。

2010年、千葉ロッテマリーンズ、日本一。05年も格別だが、今回も感無量である。ある意味では今回のほうが強くココロが揺さぶられた。

話はかわるが、ワタシのいちばん好きなコトバは「快活」。すべては快活でなければならない。ActiveやPositiveに、もうひとつ、Comfortableの意味が入ったコトバ、快活。

吉田拓郎は《ビートルズが教えてくれた》という曲で歌う―――「もっと陽気であっていいじゃないか」と「ビートルズが教えてくれた」。

そう。ビートルズはそういう価値観を世界中にまき散らしたんだ。そして、明るく自由な方法論で、明るく自由な方角へ、世界を導いたんだ（ここを分かっていない評論家が多すぎる）。

まずは笑ってフィールドに立とうじゃないか、いい球が来れば初球か打っていいじゃないか、場合によってはノースリーから振っていいじゃないか、8回終了4点ビハインドでも下を向くんじゃない、でも最後の最後はバットを極限まで短くもって渾身の力で速球を振り抜き、前進守備のセンターを越える予想外の長打でいっきに三塁まで駈け抜けるんだ･･･そして最後は、応援団といっしょに肩を組んで、笑顔で、大きな声で歌うんだ。

誤解のないように言っておけば、昭和の野球、眉間にしわを寄せてコツコツと攻めていく野球も大好きだ。ただし、もうここまでくれば、野球は人生観そのもの。ワタシ自身が「快活」に生きることを選んでしまったのだから、野球にもそれを求めさせてもらうよ。

繰り返すが―――歴史のしがらみなく、過去から自由で、その分ちょっと軽薄短小で、カラっと明るく、そしてなによりも若々しい―――そんなことをいちばんたいせつに考える人生を歩むことに決めた。だから千葉ロッテマリーンズなんだ。だからマリーンズの奔放な若者たちの闊達な活躍にシビれるんだ。

西岡がメジャーに行くという。西岡は今季のMVPだと思うし、その初本塁打を富山で観たという因縁もあり、マリーンズの中で、もっとも思い入れがある選手である。しかしワタシは引き留めたいとは思わない。

西岡の後も、また（まだ見ぬ？）快活な若者が出てきてその穴を埋めてくれる。そして適切な新陳代謝が行われ、さらに快活なマリーンズになり、眉間にしわを寄せる野球を高らかにあざ笑う。

それが、マリーンズ。ワタシが好きな、マリーンズ。―――ワタシがマリーンズを好きになった理由。 

<a href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/gekokujo.html" onclick="window.open('http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/gekokujo.html','popup','width=450,height=347,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/gekokujo-thumb.jpg" width="450" height="347" alt="" /></a>

（ス）]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>「地上波＝世間」とプロ野球</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2010/10/post_139.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2010:/hot/blog//3.188</id>
   
   <published>2010-10-26T16:21:35Z</published>
   <updated>2010-10-26T17:43:23Z</updated>
   
   <summary>日本シリーズ１、２、５戦の「地上波中継」が行われないという。 考えてみれば、ここ...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      日本シリーズ１、２、５戦の「地上波中継」が行われないという。

考えてみれば、ここ数年、ＢＳかＣＳでしかプロ野球中継を見ていない。
正確にいえば「オールスターと日本シリーズだけ」地上波でプロ野球を見るのだった。
地上波はＣＭがせわしないし、余計なゲストを呼ぶし、観戦者としてのメリットは特にない。
今年のシリーズはＢＳとＣＳで中継するらしいから、個人的には、どうだっていい話ではある。

それでも無関心でいられないのは「世間」の空気というヤツがあるからだ。
地上波というのは、要するに「世間」なのだと思う。
ＣＡＴＶが引かれている自宅にいる分にはＢＳでもＣＳでもいいわけだが、
一歩外へ出たらどうか。たとえばラーメン屋のテレビとか、家電量販店の店頭のモニターとか、
サウナのテレビとかに映るのは「地上波」なのであって、
そういう空間に日本シリーズの映像が映らないということは、
「世間」にプロ野球が存在しないも同然ということにならないか。

「世間」は無責任でいいかげんだから、自分たちの目に入るものだけが物事の判断基準だ。
小沢一郎は頻繁に記者会見で「説明」しているのに（説明内容の当否はここでの論点ではない）
地上波にはそれが映らないから、
「世間」は、小沢一郎は追及から逃げ回っている悪いヤツだと判断する。
同様に、地上波に映らないプロ野球は、
「昔は盛り上がってたのにいまはダメなんだね」ということになる。
千葉マリンのスタンドがいくら盛り上がっていようとも、
残念ながら、そんなものは「世間」の視野には入らないのである。

プロ野球は基本的にプロ野球を好きな人々のためにあればいいのであって、
球場が人で賑わい、ファンがアクセスできる専門メディアが整備されていればＯＫだと思う。
その意味で、いまは「昭和」よりもずっといい時代だ。
それでも、「世間」への窓はどこかで開けておかなければいけないのではないか。
その窓とは、ＮＰＢが主催する２大イベント、オールスターと日本シリーズだろう。
オールスターは現在の花形選手を「世間」に紹介する舞台だし、
日本シリーズは、その年のプロ野球の真髄を「世間」に披露する戦いである。
したがって、プロ野球機構には、自分たちの財源確保という小さな目的ではなく、
「世間」との接点の維持という大きな目的のためにこそ、
「シリーズの地上波中継」を死守する義務があるのではないか。

94年にシリーズがナイターになったのは、
長嶋巨人（まさに「世間」に寄り添った存在！）の優勝によって
ゴールデンタイムでの高い放送権料が見込めると踏んだからである。
それが慣例となって、いつしか、自分たちの首を絞める結果となった。
ツイッターでも何度かつぶやいたことだけれど、このへんで、デーゲームに戻したらどうだろう。
たとえ料金は安くても、そのほうが中継枠を確保できるのではないか。
大事なのは目先のカネではない。地上波中継という「世間」への窓を確保できるかどうかだ。

ひょっとすると、「親が野球ファンでないと、子供は野球ファンにならない」という状況が
すでに生じつつあるかもしれない。
親が特別な野球好きではなくても野球ファンになる（かく言う私がそうです）。
そのためには、プロ野球を「世間」から覗くことができる窓がなくてはならない──と思う次第。

（オースギ）









      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>「球数制限」は正論なのか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2010/08/post_136.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2010:/hot/blog//3.187</id>
   
   <published>2010-08-29T15:40:34Z</published>
   <updated>2010-08-29T16:51:36Z</updated>
   
   <summary>桑田真澄が、テレビで「高校野球に球数制限を導入すべし」と説いていた。 それ自体は...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      桑田真澄が、テレビで「高校野球に球数制限を導入すべし」と説いていた。
それ自体は、正論に聞こえる。
まして、甲子園優勝投手の言であれば、説得力は倍増するだろう。

それが正論である所以は、
将来のある高校生の身体を壊してはならない、という
誰もが納得する理由付けが背景にあるからだ。

だが、あえて問いたい。高校野球だって「野球」にほかならない。
野球という競技に「球数制限」というルールは本当にフィットするのか？

ＷＢＣをちゃんと見ていた人なら思ったはずだ。
「球数制限」とは、なんと野球的興趣を削ぐルールであることか。
仮に「先発は80球で降板」というルールだったとしたら、
試合開始から、プレイヤーも観客も、80球からの逆算で試合を見なくてはならない。
そんなことを気にしながら見る野球は、本当の野球だろうか。
野球というゲームの魅惑は、一球一打で局面が変わり、流れが変わり、
戦略や戦術が変わることではないのか。
そこに「あと１球投げたら降板だからね」という有無を言わさぬ合理的ルールを
差し挟むことの味気なさを、もう少し真剣に考えたほうがいい。

高校野球について優先的に改革すべきなのは「球数制限」よりも「日程面の調整」だ。
（個人的には、準決と決勝の間を１週間空けていいとすら思う）
主催者の都合で決まっているルールを考慮するのが先決であって、
野球という競技の本質に関わるルールに手をつっこむのはその後だろう。それが原則だ。

さらにいえば「高校野球」と一括りにすることも、実は乱暴な議論ではないだろうか。
桑田や松坂や田中マー君のような、卒業後のプロ入りが約束されているエリートもいれば、
大学や社会人で野球を続けようかな、と迷ってる選手もいるだろうし、
野球は高校で燃え尽きてもよし！という選手だってたくさんいるはずだ。
そういう多様性に満ちた選手たちを「球数制限」という有無を言わさぬ合理的ルールで
一律に縛り付けるというやり方が、果たして正しいのだろうか。

選手の身体に配慮し、多様性に満ちた個々のケースに対応し、
なおかつ野球というゲームの本質を曲げないためにはどうすればいいのか。
まずは、日程面の調整など側面からの改革が必要だ。
そのうえで、結局は、選手の個別性を把握している各チームの監督の
「良識ある判断」に任せるほかないだろうと思う。
そういう「良識ある判断」を醸成するために必要なのは、
高校野球の在り方とは何ぞや、という大きな認識の共有なのであって、
小手先のルールの改正ではない。

だからこそ桑田は、「小手先のルール改正」を提言する前に、
まず前提として、自らがドラフトで巨人に指名された経緯を語るべきではないのか。

高校野球が歪んでしまった原因を、
高校の指導者のエゴだけに押し付けるのはフェアではない。
高校野球が歪んだのは、プロ野球をも巻き込んだ「構造」にあるのであって、
あなたはその「構造」の渦中にいたのではないですか？

（オースギ）







      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>新潟球宴テレビ観戦記</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2010/07/post_138.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2010:/hot/blog//3.186</id>
   
   <published>2010-07-25T12:24:31Z</published>
   <updated>2010-07-25T15:19:40Z</updated>
   
   <summary>２０１０年７月２４日、オールスターゲーム新潟開催。 全パ５－５全セ（引き分け）。...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[２０１０年７月２４日、オールスターゲーム新潟開催。
全パ５－５全セ（引き分け）。試合時間２時間35分。観衆28426人。

万難を排してテレビの前に座る。
ビールのアテは当然、黒崎産茶豆。

スカイＡのホームラン競争ＬＩＶＥから、じっくりと見る。
スタンドの小学生が映るたび、なんだか胸のあたりがカッと熱くなる。
あれは35年前のオレの姿だ。

35年前。新球場とは鳥屋野潟の対岸にある貧相な球場に
年に一度だけやってきたプロ野球公式戦、ヤクルト×広島。
そこで目撃した大杉勝男のホームランの弾道。
一塁を回って２回飛び上がった大杉のアクション。

35年前と今とを比べて、日本が良い国になったのかどうか、よくわからない。
新潟市も良い街になったのかどうか、よくわからない。
小学生時代に徘徊していたささやかな商店街はいまや廃墟となり、
大食堂でお子様ランチを食った老舗デパートは、つい最近、店を閉じた。
人々はみんな郊外のイオンへ買い物に行き、ロードサイドのチェーン店で飯を食う。

でも、35年前には、ナイターで試合ができるこんなキレイな球場はなかったし、
まして、オールスターなんてまったくの他人事だった。別の国でやっているイベントだった。
王や掛布や若松や江夏や門田や山田や村田が新潟の球場に一堂に会するなんて、
夢のまた夢だった。そういうことが、2010年の夏に実現しているのだ。

試合が進み、だんだんこちらも酩酊してきた。
ネット前広告が「八海山」に切り替わったので、こっちも日本酒に切り替える。
すると、懐かしい地元企業の広告が、どれもこれも、来るべき新球団のスポンサーに見えてくる。
そして、ゲスト解説・城島の「おにぎりがおいしかったですね」という社交辞令に、
オレの中の城島株が３割アップする。
気づけば、一升瓶を手にしてベンチから出てきた山崎武司が、
バットに酒しぶきを浴びせるや、目の覚めるような一発を放り込んだ……ような気がした。

試合の翌日、<a href="http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/13844.html" target="_blank">こんなイベント</a>があったらしい。
「オールスターがやってくる」とは、こういうことである。
しかし西区ってウチの近所じゃないか。
つくづく思う。オレは生まれてくるのが35年早すぎた。

付言。独立リーグ「新潟アルビレックスＢＣ」を、
何らかの形で今回のオールスターに「参加」させてほしかった。
そういう試みから、いろんなことが動き出していくのだと思う。

（オースギ）
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>W杯を見てWBCを思い、そこからの雑感</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/2010/07/w.html" />
   <id>tag:www.yakyu-yoku.com,2010:/hot/blog//3.185</id>
   
   <published>2010-07-05T16:16:02Z</published>
   <updated>2010-07-05T17:40:41Z</updated>
   
   <summary>サッカーW杯を見ていると、ついついWBCのことを思う。 で、この種の「W杯とWB...</summary>
   <author>
      <name>オースギ</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.yakyu-yoku.com/hot/blog/">
      <![CDATA[サッカーW杯を見ていると、ついついWBCのことを思う。
で、この種の「W杯とWBC」みたいな話を持ち出した場合のお決まりの反応は以下の通り。

<strong>野球とサッカーでは世界的普及度が違う。一緒にするな。</strong>

それに対する答えは「だからどうした？」である。
世界的普及度というのは、スポーツ（というか文化全般）の価値に直結するのか。
だとしたら、相撲もアメフトもクリケットもセパタクローも、価値はないってことになる。
そもそもサッカーが世界的に普及したのはヨーロッパ諸国の帝国主義政策の結果であって、
文化的価値の問題ではなく政治的要因じゃないのか。

というわけで言いたいことは、
W杯とWBCとの間に「価値の上下」なんてものはなく、
どちらも同じように「国別対抗戦というのは面白いなあ」という感想を与えてくれるということだ。

ただ、「相対的」な疑問は残る。この極東の島国・日本において、
なぜ、サッカー文化よりはるかに先行して野球文化が浸透したのか、という疑問だ。

ベースボールとフットボールは、ほぼ同時期に日本に伝来している。
明治維新直後の文明開花期のことで、前者はアメリカ人が、後者はイギリス人が持ち込んだ。
しかし周知のように、ベースボールは瞬く間に日本人を魅了したのに対して、
フットボールの普及は遅々として進まなかった。
<em>
さてこの時（注・明治11年頃）に大学の外人教師の友人というので横浜から英国の貿易商であったアーサー氏というのが工部大学をおとずれたことがある。そして学生の野球技に熱中しているのを見て彼は、「どうして野球をやるのか。野球は開国後日の浅いアメリカに起こったものでヨーロッパではやっていない。（中略）諸君は狭い地域に限られたベースボールを行うより、ヨーロッパ全体でやっている遊戯を選んだらどうだ」と諄々と説き出した（中略）もしもこの頃イギリス人が多くいてフットボールの快味を伝えたらどうなったか、或いは現在の野球よりも更にフットボールが拡がったかも知れない。同時に野球の精神よりもフットボールの精神が伝わって、若い学生の気風に一大変動を与えていただろう。けれど退嬰保守的のイギリスはその思うところを伝えることが出来ず、この東洋の小帝国をあくまで自分の型にはめようとしたアメリカの方が勝ったのである。
　──国民新聞運動部編『日本野球史』より</em>

ここに記されているのは、要するにこういうことだ。
「開国」した日本という国に対して、アメリカは本気で文化的侵略を試みたのに対して、
イギリスはそれほど本気にはならなかった。だから、野球の方が日本人に浸透したという話である。

それが真説であるかどうかは分からない。
歴史の浅い新興国アメリカは、
大英帝国が世界各地で行ってきたような「文化帝国主義」の真似事をやってみたくて、
その格好のサンプルとして日本を選んだということなのか。

……というような歴史的難問にクリアな回答を与えられるはずもなく、
そのへんは今後の研究課題とさせてもらいます。
が、あえてここで暴論を吐かせていただければ、
少なくとも日本人は、明治維新以来百数十年、
敗戦やらグローバリズムの洗礼やら幾多の紆余曲折を経た結果、
ベースボールの醍醐味も、フットボールの奥深さも、
ともに享受できる懐の深い感性を獲得できたということです。
ベースボールをいまだに理解できないヨーロッパ人や、
フットボールについていまだにチンプンカンなアメリカ人の了見の狭さを考えれば、
我々は、少なくともスポーツを楽しむ感性においては
とても柔軟で豊かな環境にあるのではないでしょうか。

（オースギ）]]>
      
   </content>
</entry>

</feed>

