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2010年01月 アーカイブ

2010年01月04日

我々には「面白く見る」義務がある

『イロモネア』の正月特番を見て思ったこと。
「笑わないほうにも問題があるんじゃないか?」

一例を挙げれば「友近の蓮舫」とか普通に笑うだろう。
あれは友近のパフォーマンスに問題があったというよりも、
「蓮舫」のパブリック・イメージに反応できなかった
受け手の鈍感さが問題ではないのかと。

このへんは、エンタテインメントの「送り手」と「受け手」との
関係性に関わるデリケートな問題ではある。
一般的な概念でいえば「受け手」は「絶対善」であって、
「受け手」を満足させられないパフォーマンスは、
それがどんなものであろうと「ダメ」ということになってしまう。

しかし、本当にそうなのだろうか?

確かに「受け手」は入場料その他の対価を支払って
パフォーマンスを享受している立場なのだから
(『イロモネア』の客は入場料を支払っているわけではないだろうが)
「送り手」に対して絶対的に優位な立場にいることになる。
つまり「面白くないのはアナタの責任であってワタシの責任じゃないのよ」
というわけである。

それは、まったくの正論だ。否定しようのない正論かもしれない。

だが、再度言う。本当にそうなのだろうか?

たとえば、歌舞伎や古典落語のような「伝統芸能」の場合、
受け手の不満足は、送り手の責任というより「受け手の教養不足」として
解釈されるケースが多くはないだろうか。
「面白くないのはアナタの責任ではなくワタシの責任かもしれない」である。
伝統芸能だけでなく、現代美術とか純文学とかアート系映画とかもそうだろう。
無論、それがいいとは思わない。
そういうものが、いろんな「壁」を作ってしまった経緯があると思う。

しかし、である。なぜ「お笑い」に関しては
「面白くないのはアナタの責任であってワタシの責任じゃないのよ」なのか。

たぶん、大衆芸能というのはずっとそういうもので、
そのことに対して、送り手も受け手も根本的な疑いを持たないようにしてきて、
今日があるのだと思う。

結論から言えば、もう、そういう時代じゃないということだ。
様々なIT的進化の浸透によって、大衆的なものほど「批評」のターゲットになる。
送り手であろうが受け手であろうが、そのことに鈍感であってはダメということだ。
「面白がるのは送り手(アナタ)と受け手(ワタシ)の共同作業」なのである。

なぜ、こんな駄文を書き連ねてきたかというと、
ここまで書いてきた「お笑い」は、「プロ野球」と同じだと思うから。
プロ野球ファンは、もっと能動的に「面白く見る」努力をしなくてはならないと思う。
グラウンドでのパフォーマンスやメディアの報道を一方的に受け止めるのではなく、
それらを能動的にどう「解釈」してどう「表現」するのか。
「面白くないのはアナタの責任であってワタシの責任じゃないのよ」
という態度からどうやって脱却するのか、ということである。

応援しているチームが上位にいれば面白いし、下位にいれば面白くない。
あるいは、応援している選手が好調なら面白いし、不調なら面白くない。
実は、そういう態度こそ「つまらない」ものではないだろうか?
プロ野球ファンは、応援している対象がどんな状態であろうとも
「面白く見る努力」をすべきであるし、そのうえでなお「面白くない」ことがあれば、
容赦なく声をあげるべきだと思う。

最後に一言。
阪神ファンは「金本のフルイニング連続出場」が本当に面白いのか?

(オースギ)


2010年01月10日

オリックスの復刻ユニフォームに絶対反対。

オリックス 阪急&近鉄のユニW復刻(12月30日スポニチアネックス)

岡田新監督を迎えて低迷打開を図るオリックスが来季、前身の阪急ブレーブスと04年オフに合併した近鉄バファローズのユニホームをダブルで復刻させるプランを進行中であることが29日、分かった。

復刻ユニホームは巨人、阪神など7球団が試合で着用しているが、一挙に2種類となると初めて。阪急、近鉄両球団の系譜を引き継ぐオリックスだからこそ可能となる。

復刻ユニホームの年代は未定だが、神戸で「阪急」、大阪で「近鉄」と使い分ける計画で、開催時期について球団関係者は「セ・リーグとの交流戦で検討しています」と語った。また球団は同時に阪急、近鉄の復刻グッズ販売も検討中。実現すれば、来季は「岡田オリックス」だけではなく、阪急、そして近鉄が関西球界を盛り上げてくれそうだ。

なんだコレ!?

昔、自分のサイトにこういうことを書いた「20080601/オリックスは復刻ユニフォームを着るべきではない」。こういう大事なことはクドいと思われてもなんども書いてやる。絶対反対。

オリックスのこのようなたくらみに対して、反対の意見が目立って出てこない事実、そして周りの元阪急ファン、元近鉄ファンもそんなに違和感を感じていなさそうなことも重々承知した上で、でも絶対反対だ。

これは2004年の、あの悲惨な球界再編問題に対する、憎しみ、怒りの深さの問題だと思う。

ワタシは、あの球団合併を、阪急ブレーブスの歴史、近鉄バファローズの歴史を「殺した」行為だと思っている。

埼玉西武は西鉄の系譜を確実に継いでいる。福岡ソフトバンクは南海だ。球団譲渡の経緯がどうであれ、少なくとも昭和から平成まで、野村克也と松中信彦、中西太と中村剛也が一本の線でつながれている。

でも福本豊や鈴木啓示と小松聖は、途切れている。いや、ミヤウチとナベツネとツツミによって、ちょん切られたのである。

ブレーブスのファンは、バファローズじゃなくってブレーブスを選択していた。その逆もまた然り。そんな2球団が「合併」「融合」「結合」などして許されるわけはないのである。

よくある「12球団の歴史系譜図」みたいなのでは、(当時の)オリックスと近鉄の「線」がいとも簡単に結ばれている。でもその結び目はまやかしだ。単なる新球団の誕生だ。そのぐらいブレーブスとバファローズの歴史は異質だと思う。西宮と藤井寺の距離はけたはずれに遠いんだ。

元阪急ファン、元近鉄ファンがあんがい冷静なのは、もう怒りを通り越してシニカルになっているのか、むしろこうなってしまったらユニフォーム姿を見られるだけでも御の字という諦観なのか。

そして、ワタシがこの件について熱くなってしまうのは、「福岡ダイエー"M"ホークス」をいちど覚悟しながらなんとか難を逃れた人間の青臭さなのか。

>神戸で「阪急」、大阪で「近鉄」と使い分ける計画
>阪急、そして近鉄が関西球界を盛り上げてくれそうだ。

このフレーズはあまりに楽観的だろう。ここまでの話を、ものすごく、とてもシンプルに立証するとすれば、現オリックスのコーチ陣のことを考えてみればいい。

投手コーチ星野伸之の近鉄ユニフォーム姿、打撃コーチ水口栄二の阪急ユニフォーム姿―――そんなもの、ほんとうに見たいか?

(スージー鈴木)

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