2010年08月30日

「球数制限」は正論なのか

桑田真澄が、テレビで「高校野球に球数制限を導入すべし」と説いていた。
それ自体は、正論に聞こえる。
まして、甲子園優勝投手の言であれば、説得力は倍増するだろう。

それが正論である所以は、
将来のある高校生の身体を壊してはならない、という
誰もが納得する理由付けが背景にあるからだ。

だが、あえて問いたい。高校野球だって「野球」にほかならない。
野球という競技に「球数制限」というルールは本当にフィットするのか?

WBCをちゃんと見ていた人なら思ったはずだ。
「球数制限」とは、なんと野球的興趣を削ぐルールであることか。
仮に「先発は80球で降板」というルールだったとしたら、
試合開始から、プレイヤーも観客も、80球からの逆算で試合を見なくてはならない。
そんなことを気にしながら見る野球は、本当の野球だろうか。
野球というゲームの魅惑は、一球一打で局面が変わり、流れが変わり、
戦略や戦術が変わることではないのか。
そこに「あと1球投げたら降板だからね」という有無を言わさぬ合理的ルールを
差し挟むことの味気なさを、もう少し真剣に考えたほうがいい。

高校野球について優先的に改革すべきなのは「球数制限」よりも「日程面の調整」だ。
(個人的には、準決と決勝の間を1週間空けていいとすら思う)
主催者の都合で決まっているルールを考慮するのが先決であって、
野球という競技の本質に関わるルールに手をつっこむのはその後だろう。それが原則だ。

さらにいえば「高校野球」と一括りにすることも、実は乱暴な議論ではないだろうか。
桑田や松坂や田中マー君のような、卒業後のプロ入りが約束されているエリートもいれば、
大学や社会人で野球を続けようかな、と迷ってる選手もいるだろうし、
野球は高校で燃え尽きてもよし!という選手だってたくさんいるはずだ。
そういう多様性に満ちた選手たちを「球数制限」という有無を言わさぬ合理的ルールで
一律に縛り付けるというやり方が、果たして正しいのだろうか。

選手の身体に配慮し、多様性に満ちた個々のケースに対応し、
なおかつ野球というゲームの本質を曲げないためにはどうすればいいのか。
まずは、日程面の調整など側面からの改革が必要だ。
そのうえで、結局は、選手の個別性を把握している各チームの監督の
「良識ある判断」に任せるほかないだろうと思う。
そういう「良識ある判断」を醸成するために必要なのは、
高校野球の在り方とは何ぞや、という大きな認識の共有なのであって、
小手先のルールの改正ではない。

だからこそ桑田は、「小手先のルール改正」を提言する前に、
まず前提として、自らがドラフトで巨人に指名された経緯を語るべきではないのか。

高校野球が歪んでしまった原因を、
高校の指導者のエゴだけに押し付けるのはフェアではない。
高校野球が歪んだのは、プロ野球をも巻き込んだ「構造」にあるのであって、
あなたはその「構造」の渦中にいたのではないですか?

(オースギ)


2010年07月25日

新潟球宴テレビ観戦記

2010年7月24日、オールスターゲーム新潟開催。
全パ5-5全セ(引き分け)。試合時間2時間35分。観衆28426人。

万難を排してテレビの前に座る。
ビールのアテは当然、黒崎産茶豆。

スカイAのホームラン競争LIVEから、じっくりと見る。
スタンドの小学生が映るたび、なんだか胸のあたりがカッと熱くなる。
あれは35年前のオレの姿だ。

35年前。新球場とは鳥屋野潟の対岸にある貧相な球場に
年に一度だけやってきたプロ野球公式戦、ヤクルト×広島。
そこで目撃した大杉勝男のホームランの弾道。
一塁を回って2回飛び上がった大杉のアクション。

35年前と今とを比べて、日本が良い国になったのかどうか、よくわからない。
新潟市も良い街になったのかどうか、よくわからない。
小学生時代に徘徊していたささやかな商店街はいまや廃墟となり、
大食堂でお子様ランチを食った老舗デパートは、つい最近、店を閉じた。
人々はみんな郊外のイオンへ買い物に行き、ロードサイドのチェーン店で飯を食う。

でも、35年前には、ナイターで試合ができるこんなキレイな球場はなかったし、
まして、オールスターなんてまったくの他人事だった。別の国でやっているイベントだった。
王や掛布や若松や江夏や門田や山田や村田が新潟の球場に一堂に会するなんて、
夢のまた夢だった。そういうことが、2010年の夏に実現しているのだ。

試合が進み、だんだんこちらも酩酊してきた。
ネット前広告が「八海山」に切り替わったので、こっちも日本酒に切り替える。
すると、懐かしい地元企業の広告が、どれもこれも、来るべき新球団のスポンサーに見えてくる。
そして、ゲスト解説・城島の「おにぎりがおいしかったですね」という社交辞令に、
オレの中の城島株が3割アップする。
気づけば、一升瓶を手にしてベンチから出てきた山崎武司が、
バットに酒しぶきを浴びせるや、目の覚めるような一発を放り込んだ……ような気がした。

試合の翌日、こんなイベントがあったらしい。
「オールスターがやってくる」とは、こういうことである。
しかし西区ってウチの近所じゃないか。
つくづく思う。オレは生まれてくるのが35年早すぎた。

付言。独立リーグ「新潟アルビレックスBC」を、
何らかの形で今回のオールスターに「参加」させてほしかった。
そういう試みから、いろんなことが動き出していくのだと思う。

(オースギ)

2010年07月06日

W杯を見てWBCを思い、そこからの雑感

サッカーW杯を見ていると、ついついWBCのことを思う。
で、この種の「W杯とWBC」みたいな話を持ち出した場合のお決まりの反応は以下の通り。

野球とサッカーでは世界的普及度が違う。一緒にするな。

それに対する答えは「だからどうした?」である。
世界的普及度というのは、スポーツ(というか文化全般)の価値に直結するのか。
だとしたら、相撲もアメフトもクリケットもセパタクローも、価値はないってことになる。
そもそもサッカーが世界的に普及したのはヨーロッパ諸国の帝国主義政策の結果であって、
文化的価値の問題ではなく政治的要因じゃないのか。

というわけで言いたいことは、
W杯とWBCとの間に「価値の上下」なんてものはなく、
どちらも同じように「国別対抗戦というのは面白いなあ」という感想を与えてくれるということだ。

ただ、「相対的」な疑問は残る。この極東の島国・日本において、
なぜ、サッカー文化よりはるかに先行して野球文化が浸透したのか、という疑問だ。

ベースボールとフットボールは、ほぼ同時期に日本に伝来している。
明治維新直後の文明開花期のことで、前者はアメリカ人が、後者はイギリス人が持ち込んだ。
しかし周知のように、ベースボールは瞬く間に日本人を魅了したのに対して、
フットボールの普及は遅々として進まなかった。

さてこの時(注・明治11年頃)に大学の外人教師の友人というので横浜から英国の貿易商であったアーサー氏というのが工部大学をおとずれたことがある。そして学生の野球技に熱中しているのを見て彼は、「どうして野球をやるのか。野球は開国後日の浅いアメリカに起こったものでヨーロッパではやっていない。(中略)諸君は狭い地域に限られたベースボールを行うより、ヨーロッパ全体でやっている遊戯を選んだらどうだ」と諄々と説き出した(中略)もしもこの頃イギリス人が多くいてフットボールの快味を伝えたらどうなったか、或いは現在の野球よりも更にフットボールが拡がったかも知れない。同時に野球の精神よりもフットボールの精神が伝わって、若い学生の気風に一大変動を与えていただろう。けれど退嬰保守的のイギリスはその思うところを伝えることが出来ず、この東洋の小帝国をあくまで自分の型にはめようとしたアメリカの方が勝ったのである。
 ──国民新聞運動部編『日本野球史』より

ここに記されているのは、要するにこういうことだ。
「開国」した日本という国に対して、アメリカは本気で文化的侵略を試みたのに対して、
イギリスはそれほど本気にはならなかった。だから、野球の方が日本人に浸透したという話である。

それが真説であるかどうかは分からない。
歴史の浅い新興国アメリカは、
大英帝国が世界各地で行ってきたような「文化帝国主義」の真似事をやってみたくて、
その格好のサンプルとして日本を選んだということなのか。

……というような歴史的難問にクリアな回答を与えられるはずもなく、
そのへんは今後の研究課題とさせてもらいます。
が、あえてここで暴論を吐かせていただければ、
少なくとも日本人は、明治維新以来百数十年、
敗戦やらグローバリズムの洗礼やら幾多の紆余曲折を経た結果、
ベースボールの醍醐味も、フットボールの奥深さも、
ともに享受できる懐の深い感性を獲得できたということです。
ベースボールをいまだに理解できないヨーロッパ人や、
フットボールについていまだにチンプンカンなアメリカ人の了見の狭さを考えれば、
我々は、少なくともスポーツを楽しむ感性においては
とても柔軟で豊かな環境にあるのではないでしょうか。

(オースギ)

2010年05月11日

投手戦とカメラアングル

「特筆すべきなのは78年からの“中継のメーン画面の変化”である。それまではバックネット側から主審の背中をなめる形で投手対打者の構図を見せていたが、同年からはバックスクリーン側にあるカメラのアングルに変更になった」(野球小僧remixプロ野球〔80年代〕大事典、196頁より)

そうか、1978年だったか。

ワタシが野球中継を見始めたのは74年だから、
その頃のメーン画面はバックネット裏だった。
それがある時突然、センターカメラに変わったのである。
その驚きといったら、大仰にいえば革命的だった。「野球の風景」が一変したからだ。

いつ「風景」が変わったのか、その時期については記憶が曖昧なままだったが、
78年と知っていろんなことに合点がいく。記憶を掘り起こしてみると、
王貞治756号(77年)の記憶は「バックネット裏のカメラ」で、
日本シリーズでの大杉の本塁打(78年)は「センターカメラ」なのだ。

なぜこんな話をしているかというと、先日(5月8日)、
ダルビッシュと岩隈の極上の投手戦をテレビ中継で堪能していたときに、
ふと、「センターカメラの目線」ということに思いが及んだから。

アウトローに構えた捕手のミットに寸分の狂いもなく吸い込まれる、岩隈の美しい球筋。
左打者の懐をえぐる、ダルビッシュのスライダーのシャープな軌道。
一流の投手が投げる一流のボールは、掛け値なしの「芸術」だ。
いくら見ても見飽きることがない。もはや試合の勝敗などどうでもいい、
永遠にこの2人の投げ合いを見続けていたい……。

当然のことではあるが、こんな「芸術」をつぶさに鑑賞できるのは、
我々が「センターカメラの目線」で野球を見ているからだ。
リリースからミットに収まるまで、投手の球筋を、軌道を、余すことなく見られるからだ。

すると、「ネット裏カメラ」時代はどんなふうに野球が見えていたのか、にわかに気になる。
そこで、我が家の野球映像ライブラリーから、古いものをいくつか引っ張り出してみた。

以前にG+から録画した、1973年の巨人×阪神戦の中継映像を見る。
率直な感想を書こう。「主審が邪魔」。
投手がリリースしたボールは、打者の近くにくるとすべて死角になって見えない。
内か外か、くらいは「捕手の動き」でなんとなく推測できるけれど、
コントロールの精度やホームベース近辺での微妙な変化など、まったく不明。
解説の故・村山実が「いまのはフォークですな」と言っているのだけど、
画面では落ちているのかいないのか、さっぱり分からないのである。
そこにあるのは、「来たボールを、打者が振るか振らないか」というアバウトな野球の姿だ。

我々の「投手に対する鑑賞眼」は、センターカメラによって飛躍的に向上した。
それは、現代の投手たちのレベル向上とも間接的につながっているだろう。

ただ、「ネット裏カメラ」にも優位な点はある。
画面に向かってボールがやって来る=打者の体感に近い、ということだ。
NHKのドキュメンタリーに挿入されていた、
1968年の江夏豊のピッチング映像。もちろん「ネット裏カメラ」だ。
これは凄い。邪魔なはずの主審が気にならない。
なぜかというと、江夏は高めのストレート(見送れば完全にボール)で空振りをとるので、
球筋が主審の背中と重ならず、きれいに見えるのだ!

多彩な球種を操る現代の投手たちは、正しく「センターカメラ対応」である。
ただそんな中で、「ネット裏カメラ対応」の投手も僅かながらいないわけではない。
そこで、ひとつ提案。
藤川球児の登板時のみ、ネット裏カメラに切り替えるということはできないだろうか。
それが3Dテレビであったら、いったいどんな映像を体感できるのだろう。

(オースギ)

2010年03月26日

【開幕前夜】あえていま、セ・リーグ論

いまに始まった話ではないが、セ・リーグは殿様商売である。

理由は簡単で、巨人・阪神・中日という「三大老舗球団」がデンとあるからだ。
それぞれ戦前のプロ野球草創期から、東京・関西・中京という日本の三大都市圏を根城に、
身売りも本拠地移転もなく継続してきた揺ぎない伝統がある。
戦後の2リーグ分立の際、<新聞社連合>である中日は巨人に早々と追随した。
そして、<私鉄連合>として阪急や南海とともにパ・リーグに加わるはずだった阪神は、
讀賣の説得によって土壇場で寝返り、セ・リーグに加盟した。
歴史的経緯をみればこの3球団は一蓮托生なのであり、
彼らがアピールする「お互いのライバル意識」というのは、
興行が終われば一緒のバスで移動するような、
同一プロレス団体の中で繰り広げられる「抗争」と大差はない。

この3球団に、戦後の新興球団である(現在の)ヤクルト・横浜・広島がぶら下がるという構図で、
セ・リーグは推移してきた。
たとえば巨人のV9時代(1965~73)、2位は常に阪神か中日だった(阪神5回、中日4回)。
この9年間で「新興球団」がAクラスに入ったのは、
大洋(当時)が3回、広島が1回、それぞれ3位になっただけである。
こういう時代を「プロ野球の黄金期」と語る(主に団塊世代の)人たちを、
ワタシはあまり信用していない。

個人史を述べさせてもらえれば、
長嶋茂雄引退の74年に「自分はプロ野球好きなのだ」と目覚めたワタシは、
いわば<ポストV9世代>なのだと思う。
75年に広島が初優勝し、78年にヤクルトが初優勝した。
つまり、セ・リーグの歴史が変わった時代だった。
一方のパは、「強い阪急」がずっと優勝していて、日本シリーズでもセを圧倒していた。
(76、77年の巨人も、阪急の前では「格下」だった。そういう時代があったのです)
下克上のセと、保守的なパ。それが、個人的な「プロ野球の原風景」だったわけです。

……その後、プロ野球は幾多の紆余曲折を経た。そして、2010年。
かつて保守的だったパ・リーグは、球界再編騒動などの苦難を乗り越えて、
いまや理想的な「群雄割拠」状態となっている。
6球団がフラットな状態で競い合い、どこが覇権を手にしてもおかしくない。
じゃあ、セ・リーグはどうなのか。
驚くべきことに、あの「巨人のV9時代」に逆戻りしているではないか。
01年のヤクルト以降、優勝は巨人・阪神・中日3球団のタライ回しだ。
07年から導入したクライマックス・シリーズも、ほぼこの3球団の指定席である(昨年は奇跡的にヤクルトが3位になったが、あれは阪神が勝手にコケた結果だ。勝率5割以下の3位なんて、正直にいえば3位には値しない)。
そして今季の順位予想も、Aクラスは「巨人、阪神、中日」のオンパレードである。

「巨人のV9時代」に大洋やサンケイや広島のファンだった人たちは、
もしかするとこんな心境だったのかな、と考えることがある。
「弱い球団は企業努力をしてないからだ」という小泉新自由主義的な物言いには与したくないが、
あえていえば、こんな構造を招いた責任は「下の3つ」にあると思う。

「上の3つ」=巨人・阪神・中日に「変われ」といったって無理だろう。
彼らはそれぞれの既得権益をベースに「うまくやっている」のだから、変わる理由がない。
変わるべきなのは「下の3つ」だ。でなければ、セ・リーグに未来はない。

広島は昨年、新球場移転という大きなエポックで「変わる」道筋を示している。
残るは、ヤクルトと横浜だ。さまざまな意味で、12球団の中で最も埋没している2球団である。
ハッキリ言おう。どちらかの球団に、今後2年以内に「本拠地移転」を決断してもらいたい。
さしあたり、それ以外に「変わる」手段はないだろう。
それが決して無謀な手段でないことは、いまのパを見ていれば分かることだ。
これを、無責任な発言だとは思わないでほしい。
東京在住のスワローズファンが、ホームゲームを観戦できなくなるリスクを承知の上で
行っている<提言>と受け止めてもらいたい。

仮にスワローズが松山へ移転しても、ワタシはスワローズファンをやめるつもりは微塵もない。
むしろ、松山という土地を好きになるように努力するつもりだ。

(オースギ)

2010年03月04日

「T-岡田」問題について考える

オリックスの「岡田貴弘」は期待している選手の一人だ。
不発の大砲・大森剛(元巨人、現スカウト)にソックリ、という点がネックなのだが、
幸いなことに、彼が所属しているのは窮屈な巨人ではなく、オリックスだ。
待望久しい和製スラッガー候補として、伸び伸び育ってほしいと思っている。

だからこそ、開幕を前にして、あえてここで質しておきたい。
「T-岡田」でいいのか、本当に?

オリックスは「イチロー」を生み出した球団だから、
登録名については鷹揚な空気があるのだろうと思う。
というより、イチローという稀有な成功例があるものだから、
期待値の高い選手ほど登録名を作りたがる風潮すらあるのかもしれない。
しかし、「T-岡田」という結論を出す前に、
もう少し立ち止まって考えてみたほうがよくはなかったか。

スポーツ紙で「T-岡田」という字面を目にしたとき、とっさに連想したのは
「C-3PO」とか「R2-D2」であって、これはもうギャグ以外の何者でもないだろう。
「野球を笑う」ことを誰よりも好きだと自負しているワタシではあるが、
それは結果として笑えるからこそ意味があるのであって、
のっけから「笑ってくれ」とばかりにネタを提出されても困るのである(実は大して笑えないし)。
それでも登録名が必要というなら、まあ「イチロー」のパターンしかないだろう。
となれば「タカヒロ」となるが、それじゃあEXILEのボーカルだ。
あのツラとのギャップは甚だしい限りで、やはり感心しない。

聞くところによれば、「T-岡田」が生れた発端は、
同姓の岡田監督が「紛らわしいから登録名考えたほうがエエんちゃうの」
という意味の発言をしたことであるという。
ここに、そもそも釈然としないものを感じるのだ。
プロ野球において、監督と選手、どっちがエラいのか。
現場では監督のほうがエラいんだろうが、我々ファンにとっては、
数年でコロコロ代わる監督よりも、この先ずっと球界を背負っていく選手のほうが
ずっと大切だし、何倍もエラいのだ。
だからこそ言いたい。紛らわしいんだったら、お前が名前を変えろ。
「どんでん」でも「藤山寛美」でも何でもいいから、
適当な登録名で数年監督を務めて、その間、自分がピエロになって話題を集めればいい。
大切な選手を、テメェの都合でオモチャにするな。

結論としては、岡田貴弘は「岡田」でよろしい。
考えてもみよ。今季、彼がブレイクして全国区の選手になったら、
「T-岡田」という登録名が浸透してしまって、後へは退けなくなってしまうのだ。
この先、数々のタイトルを獲得し、スラッガーとしての風格をかもし出し、
やがてメジャーから声がかかるかもしれない。しかし、彼は「T-岡田」なのだ。
もし、松井秀喜が「H-松井」としてプレイしていたら、
これほどリスペクトされる選手になっただろうか。
元へ戻すなら今のうちだ。ブレイクしてからでは、遅いのである。

以下、補足。

①じゃあ「G.G.佐藤」はどうなんだ?という声があるだろう。「G.G.佐藤」も好きではないが、「T-岡田」よりはまだマシだと思う。何がイヤかというと、「-」の部分である。この「-」に、人を人としてみていないゾンザイな感じが漂ってはいないだろうか。

②ロッテの「翔太」(大嶺翔太)についても、一言言いたい。入団前にああいう経緯があって、球団はずいぶん厳しいコメントをしていたはずなのに、登録名は「翔太」である。言ってることとやってることが違うんじゃないか。ここは、松沼ブラザーズの伝統にのっとって「大嶺兄」「大嶺弟」でいいんじゃないのか。

(オースギ)

2010年02月07日

新球団「松山ポンジュース」構想。

ワタシのサイトで運営している掲示板で議論になっている「四国でプロ野球チームの経営が成立するか?」問題について。

ワタシの意見を言えば、松山を本拠地としたプロ野球チームは成立する。それも、2リーグ制を前提とした球団拡張(たとえば各リーグにプラス2チーム)として成立する、という強気の意見です。ただしこれには条件が付きます。

そのチームは、現在の12球団から二段ぐらい落ちる、いわば社会人野球レベルのチームになるということ。以下、ちょっと長くなりますが、ワタシの考えを説明しますね。

そもそもマスコミで球団拡張の問題を語るのが、訳の分からない経済評論家か元プロ野球選手しかいないのがおかしい。一野球ファンの視点から、この問題について青臭い意見を言っておくことが必要な気がします。

前提認識として、プロ野球チームがながらく12球団で固定され、かつ社会人チームがどんどん減ってきている中、社会人野球レベルのプレーヤーがどんどん余り、野球を止めることを余儀なくされている情況があります。

経済評論家は、プロ球団の経営には●●万人の動員が必要と言いますが、それはトップオブトップである現在のプロ野球プレーヤーの人件費を前提としています。要するに1億円プレーヤーが数人いるという極端な環境が前提。

ここで想像してみます。新チーム「松山ポンジュース」(仮称)がパ・リーグに出来たとして、そこには1億円プレーヤーはひとりもいない、むしろ年俸1000万円以下レベルのプレーヤーがほとんどだとします。

でもね、観客は年間100万人とは言わずとも、50万人は入る可能性が高いような気がします。ひとつには野球熱が高い土壌、くわえて「おらが町のチーム」が出来た喜び、さらにはビジターとしてダルビッシュのような人気選手がどんどん来るのですから。結果、収支も健闘するのではないかと。

ここで元プロ野球選手はこう言います。球団拡張は日本の野球のレベルを下げる。メジャーリーグだって、30球団になってレベルが下がった。レベルが下がると観客は遠のく、と。

ワタシはここがいちばん疑わしいと思うのです。

極端な例を出せば、イチローは日本の晩年、ガラガラの東京ドーム(日ハム戦)で試合をしていました。松坂もしかり。ほんとうに日本の野球ファンが目が肥えていて、プレーのレベルにシビアなのであれば、こんなことは考えられないでしょう?

逆に、ついこのあいだまで球団がなかった札幌や仙台が、球団創設から10年も経たない間にあれほど盛り上がっている。つまりは、抽象的でつかみどころのない「プレーのレベル」なんかより、プロ野球のゲームが目の前で行われることのほうが、多くの人々にとってぜんぜん重要なことがらなのですよ。

たしかに「松山ポンジュース」は、ボロボロにやられるでしょう。でも切磋琢磨の中で必ず伸びてきます。そう断言できるほど、この国にはプレーヤー輩出への潤沢な土壌があるし、とくに今は選手が余っている。

こういう構想、実は2004年の球界再編時に、多くの心ある野球ファンから呈示されたような記憶があります。しかし経済評論家や元プロ野球選手に一笑に付され、そして何よりも当時はまだ巨人戦中継の利権があったから、球団拡張なんて現実的じゃなかった。

そして今、笑うしかない不景気。巨人戦中継の消滅。そして札幌や仙台の盛り上がり。それらの環境はすべて、青臭い(とは実は思っていませんが)球団拡張論を今一度世に問う勇気につながります。

2007年の夏の甲子園を騒がせた今治西のスラッガー、熊代聖人は、卒業後在籍していた日産自動車のチームが消滅し、王子製紙への移籍が決まったらしい。

「松山対日本ハム、2対13と大きく差が付きました。9回裏もマウンドにはダルビッシュが上がります。おっとここで松山、代打に地元出身の新人、熊代を出してきました。お聞きください、松山坊ちゃんスタジアムの大歓声! 観客はスタンディング・オベーションで熊代を迎えます!」

ずっと遠くのイチローより、ちょっと遠くのダルビッシュより、目の前の熊代聖人を。そう強く言い切れるのが、ほんとうの野球ファンだと思うのです。

(ス)

2010年01月10日

オリックスの復刻ユニフォームに絶対反対。

オリックス 阪急&近鉄のユニW復刻(12月30日スポニチアネックス)

岡田新監督を迎えて低迷打開を図るオリックスが来季、前身の阪急ブレーブスと04年オフに合併した近鉄バファローズのユニホームをダブルで復刻させるプランを進行中であることが29日、分かった。

復刻ユニホームは巨人、阪神など7球団が試合で着用しているが、一挙に2種類となると初めて。阪急、近鉄両球団の系譜を引き継ぐオリックスだからこそ可能となる。

復刻ユニホームの年代は未定だが、神戸で「阪急」、大阪で「近鉄」と使い分ける計画で、開催時期について球団関係者は「セ・リーグとの交流戦で検討しています」と語った。また球団は同時に阪急、近鉄の復刻グッズ販売も検討中。実現すれば、来季は「岡田オリックス」だけではなく、阪急、そして近鉄が関西球界を盛り上げてくれそうだ。

なんだコレ!?

昔、自分のサイトにこういうことを書いた「20080601/オリックスは復刻ユニフォームを着るべきではない」。こういう大事なことはクドいと思われてもなんども書いてやる。絶対反対。

オリックスのこのようなたくらみに対して、反対の意見が目立って出てこない事実、そして周りの元阪急ファン、元近鉄ファンもそんなに違和感を感じていなさそうなことも重々承知した上で、でも絶対反対だ。

これは2004年の、あの悲惨な球界再編問題に対する、憎しみ、怒りの深さの問題だと思う。

ワタシは、あの球団合併を、阪急ブレーブスの歴史、近鉄バファローズの歴史を「殺した」行為だと思っている。

埼玉西武は西鉄の系譜を確実に継いでいる。福岡ソフトバンクは南海だ。球団譲渡の経緯がどうであれ、少なくとも昭和から平成まで、野村克也と松中信彦、中西太と中村剛也が一本の線でつながれている。

でも福本豊や鈴木啓示と小松聖は、途切れている。いや、ミヤウチとナベツネとツツミによって、ちょん切られたのである。

ブレーブスのファンは、バファローズじゃなくってブレーブスを選択していた。その逆もまた然り。そんな2球団が「合併」「融合」「結合」などして許されるわけはないのである。

よくある「12球団の歴史系譜図」みたいなのでは、(当時の)オリックスと近鉄の「線」がいとも簡単に結ばれている。でもその結び目はまやかしだ。単なる新球団の誕生だ。そのぐらいブレーブスとバファローズの歴史は異質だと思う。西宮と藤井寺の距離はけたはずれに遠いんだ。

元阪急ファン、元近鉄ファンがあんがい冷静なのは、もう怒りを通り越してシニカルになっているのか、むしろこうなってしまったらユニフォーム姿を見られるだけでも御の字という諦観なのか。

そして、ワタシがこの件について熱くなってしまうのは、「福岡ダイエー"M"ホークス」をいちど覚悟しながらなんとか難を逃れた人間の青臭さなのか。

>神戸で「阪急」、大阪で「近鉄」と使い分ける計画
>阪急、そして近鉄が関西球界を盛り上げてくれそうだ。

このフレーズはあまりに楽観的だろう。ここまでの話を、ものすごく、とてもシンプルに立証するとすれば、現オリックスのコーチ陣のことを考えてみればいい。

投手コーチ星野伸之の近鉄ユニフォーム姿、打撃コーチ水口栄二の阪急ユニフォーム姿―――そんなもの、ほんとうに見たいか?

(スージー鈴木)

2010年01月04日

我々には「面白く見る」義務がある

『イロモネア』の正月特番を見て思ったこと。
「笑わないほうにも問題があるんじゃないか?」

一例を挙げれば「友近の蓮舫」とか普通に笑うだろう。
あれは友近のパフォーマンスに問題があったというよりも、
「蓮舫」のパブリック・イメージに反応できなかった
受け手の鈍感さが問題ではないのかと。

このへんは、エンタテインメントの「送り手」と「受け手」との
関係性に関わるデリケートな問題ではある。
一般的な概念でいえば「受け手」は「絶対善」であって、
「受け手」を満足させられないパフォーマンスは、
それがどんなものであろうと「ダメ」ということになってしまう。

しかし、本当にそうなのだろうか?

確かに「受け手」は入場料その他の対価を支払って
パフォーマンスを享受している立場なのだから
(『イロモネア』の客は入場料を支払っているわけではないだろうが)
「送り手」に対して絶対的に優位な立場にいることになる。
つまり「面白くないのはアナタの責任であってワタシの責任じゃないのよ」
というわけである。

それは、まったくの正論だ。否定しようのない正論かもしれない。

だが、再度言う。本当にそうなのだろうか?

たとえば、歌舞伎や古典落語のような「伝統芸能」の場合、
受け手の不満足は、送り手の責任というより「受け手の教養不足」として
解釈されるケースが多くはないだろうか。
「面白くないのはアナタの責任ではなくワタシの責任かもしれない」である。
伝統芸能だけでなく、現代美術とか純文学とかアート系映画とかもそうだろう。
無論、それがいいとは思わない。
そういうものが、いろんな「壁」を作ってしまった経緯があると思う。

しかし、である。なぜ「お笑い」に関しては
「面白くないのはアナタの責任であってワタシの責任じゃないのよ」なのか。

たぶん、大衆芸能というのはずっとそういうもので、
そのことに対して、送り手も受け手も根本的な疑いを持たないようにしてきて、
今日があるのだと思う。

結論から言えば、もう、そういう時代じゃないということだ。
様々なIT的進化の浸透によって、大衆的なものほど「批評」のターゲットになる。
送り手であろうが受け手であろうが、そのことに鈍感であってはダメということだ。
「面白がるのは送り手(アナタ)と受け手(ワタシ)の共同作業」なのである。

なぜ、こんな駄文を書き連ねてきたかというと、
ここまで書いてきた「お笑い」は、「プロ野球」と同じだと思うから。
プロ野球ファンは、もっと能動的に「面白く見る」努力をしなくてはならないと思う。
グラウンドでのパフォーマンスやメディアの報道を一方的に受け止めるのではなく、
それらを能動的にどう「解釈」してどう「表現」するのか。
「面白くないのはアナタの責任であってワタシの責任じゃないのよ」
という態度からどうやって脱却するのか、ということである。

応援しているチームが上位にいれば面白いし、下位にいれば面白くない。
あるいは、応援している選手が好調なら面白いし、不調なら面白くない。
実は、そういう態度こそ「つまらない」ものではないだろうか?
プロ野球ファンは、応援している対象がどんな状態であろうとも
「面白く見る努力」をすべきであるし、そのうえでなお「面白くない」ことがあれば、
容赦なく声をあげるべきだと思う。

最後に一言。
阪神ファンは「金本のフルイニング連続出場」が本当に面白いのか?

(オースギ)


2009年12月16日

フリオ・フランコが名球会でもいいじゃないか

松井のエンゼルス移籍、というニュースを
「ヤンキースに残留できなくて残念」というトーンで伝える報道は、
まったく意味がわからん。なんだよ、そのブランド主義は。
松井のホームがNYだろうがLAだろうが、
もっといえば、松井の年俸が増えようが減ろうが、
我々にとってはなんら関係ないことである。
松井が「プロ野球選手」としてプレイするのであれば、
別にどこのユニフォームだっていいじゃないか。
NYだろうがLAだろうが大阪だろうが仙台だろうが、
どこだっていいはずである。

そういう観点から(強引ですが……)思うのは「名球会」のことである。
カネやんが失脚して王さんが会長になったとか、
そういうゴシップはまぁどうでもいいのだけど、
前から気になっていたのは「日米通算」という新たな基準。
それが野茂、イチロー以降の「若手」を参入させようという目論見なのは
ミエミエとはいえ、一度そういう基準を設けたのであれば、
「フェア」に適用しなくちゃいけないんじゃないの?という
素朴な疑問がずっと拭えなかったわけなのである。

「日米通算」ならば、「メジャーへ行った日本人選手」だけでなく、
「メジャーから日本へ来た外国人選手」も対象にするべきじゃないのか?
それが「フェア」な基準というものでは?

そういうわけで、誰もそんなことはやってくれないので、
ワタシが勝手に、正真正銘の「日米通算ランキング」を
作成してみようと思い立った次第です。
とりあえずは打者編、「日米通算2000本安打以上ランキング」です。

(*は日米通算、太字は現役)
イチロー(3308)
 張本 勲(3085)
 野村克也(2901)
*J・フランコ(2872)
*W・デービス(2798)
 王 貞治(2786)
 門田博光(2566)
 衣笠祥雄(2543)
 福本 豊(2543)
 立浪和義(2480)
 長嶋茂雄(2471)
 土井正博(2452)
 落合博満(2371)
松井秀喜(2367)
 石井琢朗(2355)
 川上哲治(2351)
 山本浩二(2339)
 榎本喜八(2314)
 金本知憲(2286)
 高木守道(2274)
 山内一弘(2271)
 大杉勝男(2228)
 大島康徳(2204)
 若松 勉(2173)
 広瀬叔功(2157)
 秋山幸二(2157)
*R・スミス(2154)
*R・ホワイト(2151)
 清原和博(2122)
 古田敦也(2097)
 松原 誠(2095)
 山崎裕之(2081)
 前田智徳(2071)
 藤田 平(2064)
 谷沢健一(2062)
 江藤慎一(2057)
 有藤道世(2057)
 加藤英司(2055)
*W・クロマティ(2055)
 新井宏昌(2038)
 松井稼頭央(2038)
 野村謙二郎(2020)
 柴田 勲(2018)
 田中幸雄(2012)
 駒田徳広(2006)

ちなみに、レロン・リーは日米通算1983安打、
タフィ・ローズは同1924安打。ローズがどこかで
現役続行すれば、まだ「名球会」入りの可能性はある。

しかし懐かしいね、ウィリー・デービス。
巨人戦でランニングホームラン打ったよな、確か。

参考までに、フランコの日本での安打数は286、デービスは237。
しかし、それがどうしたというのか。
近い将来、日本で100安打しか打たなかった「日本人選手」が、
何かの拍子にメジャーへ行って通算2000本以上打つ。
そのようなことが起こらない保証が、どこにあるというのか?

そのうち、気力があれば「日米通算200勝以上ランク」も
作成してみます。ガリクソンとか入るのかね。

あと、重要な外国人選手が漏れている可能性があるので、
気付いた方はぜひ、ご教示ください。

*ランキングは「こちらプロ野球人事部」 「MLB.com」 「プロ野球人名辞典2001」(森岡浩、日外アソシエーツ)を参考に作成しました。

(オースギ)