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2010年07月 アーカイブ

2010年07月06日

W杯を見てWBCを思い、そこからの雑感

サッカーW杯を見ていると、ついついWBCのことを思う。
で、この種の「W杯とWBC」みたいな話を持ち出した場合のお決まりの反応は以下の通り。

野球とサッカーでは世界的普及度が違う。一緒にするな。

それに対する答えは「だからどうした?」である。
世界的普及度というのは、スポーツ(というか文化全般)の価値に直結するのか。
だとしたら、相撲もアメフトもクリケットもセパタクローも、価値はないってことになる。
そもそもサッカーが世界的に普及したのはヨーロッパ諸国の帝国主義政策の結果であって、
文化的価値の問題ではなく政治的要因じゃないのか。

というわけで言いたいことは、
W杯とWBCとの間に「価値の上下」なんてものはなく、
どちらも同じように「国別対抗戦というのは面白いなあ」という感想を与えてくれるということだ。

ただ、「相対的」な疑問は残る。この極東の島国・日本において、
なぜ、サッカー文化よりはるかに先行して野球文化が浸透したのか、という疑問だ。

ベースボールとフットボールは、ほぼ同時期に日本に伝来している。
明治維新直後の文明開花期のことで、前者はアメリカ人が、後者はイギリス人が持ち込んだ。
しかし周知のように、ベースボールは瞬く間に日本人を魅了したのに対して、
フットボールの普及は遅々として進まなかった。

さてこの時(注・明治11年頃)に大学の外人教師の友人というので横浜から英国の貿易商であったアーサー氏というのが工部大学をおとずれたことがある。そして学生の野球技に熱中しているのを見て彼は、「どうして野球をやるのか。野球は開国後日の浅いアメリカに起こったものでヨーロッパではやっていない。(中略)諸君は狭い地域に限られたベースボールを行うより、ヨーロッパ全体でやっている遊戯を選んだらどうだ」と諄々と説き出した(中略)もしもこの頃イギリス人が多くいてフットボールの快味を伝えたらどうなったか、或いは現在の野球よりも更にフットボールが拡がったかも知れない。同時に野球の精神よりもフットボールの精神が伝わって、若い学生の気風に一大変動を与えていただろう。けれど退嬰保守的のイギリスはその思うところを伝えることが出来ず、この東洋の小帝国をあくまで自分の型にはめようとしたアメリカの方が勝ったのである。
 ──国民新聞運動部編『日本野球史』より

ここに記されているのは、要するにこういうことだ。
「開国」した日本という国に対して、アメリカは本気で文化的侵略を試みたのに対して、
イギリスはそれほど本気にはならなかった。だから、野球の方が日本人に浸透したという話である。

それが真説であるかどうかは分からない。
歴史の浅い新興国アメリカは、
大英帝国が世界各地で行ってきたような「文化帝国主義」の真似事をやってみたくて、
その格好のサンプルとして日本を選んだということなのか。

……というような歴史的難問にクリアな回答を与えられるはずもなく、
そのへんは今後の研究課題とさせてもらいます。
が、あえてここで暴論を吐かせていただければ、
少なくとも日本人は、明治維新以来百数十年、
敗戦やらグローバリズムの洗礼やら幾多の紆余曲折を経た結果、
ベースボールの醍醐味も、フットボールの奥深さも、
ともに享受できる懐の深い感性を獲得できたということです。
ベースボールをいまだに理解できないヨーロッパ人や、
フットボールについていまだにチンプンカンなアメリカ人の了見の狭さを考えれば、
我々は、少なくともスポーツを楽しむ感性においては
とても柔軟で豊かな環境にあるのではないでしょうか。

(オースギ)

2010年07月25日

新潟球宴テレビ観戦記

2010年7月24日、オールスターゲーム新潟開催。
全パ5-5全セ(引き分け)。試合時間2時間35分。観衆28426人。

万難を排してテレビの前に座る。
ビールのアテは当然、黒崎産茶豆。

スカイAのホームラン競争LIVEから、じっくりと見る。
スタンドの小学生が映るたび、なんだか胸のあたりがカッと熱くなる。
あれは35年前のオレの姿だ。

35年前。新球場とは鳥屋野潟の対岸にある貧相な球場に
年に一度だけやってきたプロ野球公式戦、ヤクルト×広島。
そこで目撃した大杉勝男のホームランの弾道。
一塁を回って2回飛び上がった大杉のアクション。

35年前と今とを比べて、日本が良い国になったのかどうか、よくわからない。
新潟市も良い街になったのかどうか、よくわからない。
小学生時代に徘徊していたささやかな商店街はいまや廃墟となり、
大食堂でお子様ランチを食った老舗デパートは、つい最近、店を閉じた。
人々はみんな郊外のイオンへ買い物に行き、ロードサイドのチェーン店で飯を食う。

でも、35年前には、ナイターで試合ができるこんなキレイな球場はなかったし、
まして、オールスターなんてまったくの他人事だった。別の国でやっているイベントだった。
王や掛布や若松や江夏や門田や山田や村田が新潟の球場に一堂に会するなんて、
夢のまた夢だった。そういうことが、2010年の夏に実現しているのだ。

試合が進み、だんだんこちらも酩酊してきた。
ネット前広告が「八海山」に切り替わったので、こっちも日本酒に切り替える。
すると、懐かしい地元企業の広告が、どれもこれも、来るべき新球団のスポンサーに見えてくる。
そして、ゲスト解説・城島の「おにぎりがおいしかったですね」という社交辞令に、
オレの中の城島株が3割アップする。
気づけば、一升瓶を手にしてベンチから出てきた山崎武司が、
バットに酒しぶきを浴びせるや、目の覚めるような一発を放り込んだ……ような気がした。

試合の翌日、こんなイベントがあったらしい。
「オールスターがやってくる」とは、こういうことである。
しかし西区ってウチの近所じゃないか。
つくづく思う。オレは生まれてくるのが35年早すぎた。

付言。独立リーグ「新潟アルビレックスBC」を、
何らかの形で今回のオールスターに「参加」させてほしかった。
そういう試みから、いろんなことが動き出していくのだと思う。

(オースギ)

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