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投手戦とカメラアングル

「特筆すべきなのは78年からの“中継のメーン画面の変化”である。それまではバックネット側から主審の背中をなめる形で投手対打者の構図を見せていたが、同年からはバックスクリーン側にあるカメラのアングルに変更になった」(野球小僧remixプロ野球〔80年代〕大事典、196頁より)

そうか、1978年だったか。

ワタシが野球中継を見始めたのは74年だから、
その頃のメーン画面はバックネット裏だった。
それがある時突然、センターカメラに変わったのである。
その驚きといったら、大仰にいえば革命的だった。「野球の風景」が一変したからだ。

いつ「風景」が変わったのか、その時期については記憶が曖昧なままだったが、
78年と知っていろんなことに合点がいく。記憶を掘り起こしてみると、
王貞治756号(77年)の記憶は「バックネット裏のカメラ」で、
日本シリーズでの大杉の本塁打(78年)は「センターカメラ」なのだ。

なぜこんな話をしているかというと、先日(5月8日)、
ダルビッシュと岩隈の極上の投手戦をテレビ中継で堪能していたときに、
ふと、「センターカメラの目線」ということに思いが及んだから。

アウトローに構えた捕手のミットに寸分の狂いもなく吸い込まれる、岩隈の美しい球筋。
左打者の懐をえぐる、ダルビッシュのスライダーのシャープな軌道。
一流の投手が投げる一流のボールは、掛け値なしの「芸術」だ。
いくら見ても見飽きることがない。もはや試合の勝敗などどうでもいい、
永遠にこの2人の投げ合いを見続けていたい……。

当然のことではあるが、こんな「芸術」をつぶさに鑑賞できるのは、
我々が「センターカメラの目線」で野球を見ているからだ。
リリースからミットに収まるまで、投手の球筋を、軌道を、余すことなく見られるからだ。

すると、「ネット裏カメラ」時代はどんなふうに野球が見えていたのか、にわかに気になる。
そこで、我が家の野球映像ライブラリーから、古いものをいくつか引っ張り出してみた。

以前にG+から録画した、1973年の巨人×阪神戦の中継映像を見る。
率直な感想を書こう。「主審が邪魔」。
投手がリリースしたボールは、打者の近くにくるとすべて死角になって見えない。
内か外か、くらいは「捕手の動き」でなんとなく推測できるけれど、
コントロールの精度やホームベース近辺での微妙な変化など、まったく不明。
解説の故・村山実が「いまのはフォークですな」と言っているのだけど、
画面では落ちているのかいないのか、さっぱり分からないのである。
そこにあるのは、「来たボールを、打者が振るか振らないか」というアバウトな野球の姿だ。

我々の「投手に対する鑑賞眼」は、センターカメラによって飛躍的に向上した。
それは、現代の投手たちのレベル向上とも間接的につながっているだろう。

ただ、「ネット裏カメラ」にも優位な点はある。
画面に向かってボールがやって来る=打者の体感に近い、ということだ。
NHKのドキュメンタリーに挿入されていた、
1968年の江夏豊のピッチング映像。もちろん「ネット裏カメラ」だ。
これは凄い。邪魔なはずの主審が気にならない。
なぜかというと、江夏は高めのストレート(見送れば完全にボール)で空振りをとるので、
球筋が主審の背中と重ならず、きれいに見えるのだ!

多彩な球種を操る現代の投手たちは、正しく「センターカメラ対応」である。
ただそんな中で、「ネット裏カメラ対応」の投手も僅かながらいないわけではない。
そこで、ひとつ提案。
藤川球児の登板時のみ、ネット裏カメラに切り替えるということはできないだろうか。
それが3Dテレビであったら、いったいどんな映像を体感できるのだろう。

(オースギ)

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2010年05月11日 02:04に投稿されたエントリーのページです。

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